〜Dear My Sweet・・・〜

「やり直し!」

無常な一言にアインは頬を膨らませる。
しかし、その態度がヨロシクないと膨らませた頬を
パンッと大きな両手で萎まされてしまった。

「・・・うぅ〜」

両の頬はジンジンとしている。
今だに頬に置かれている大きな両手を無理やりひっぺがして、

「もうイヤだ!!これで10回目だぞ!!」

と叫んだ。
一体何が10回目なのか・・・?
アインのヨロシクない態度に男は一瞥し、
スッとソレをアインに見せ付けるようにさだし説明を始めた。

「・・・ここ、途中で盛り上がっている」
「うっ・・・」
「それからここ、ココは糸をきつく引っ張りすぎたんだろ?」
「・・・・・」
「そのせいで布が波打ってしまっている、
 これではせっかくの模様が台無しだ。おまけにここは・・・」
「わぁぁぁぁ!!もういい!わかった!
 素直にやり直してくる!!それでいいんだろ!?」

乱暴に「布」をその男から取り返して、
アインは頬を再びプクッとさせて自分の席へ戻っていった。

場所はバルシェム専用の「家庭科室」。
今回は「刺繍」の訓練の日であった。

そう、バルシェムたちはいかなる「任務」にも対応できなければならないので、
戦闘訓練以外にも様々な訓練をレクチャーさせられるのだ。
アイン・バルシェムはまだ調整槽からでてきて半年ほどだった。
その為、まだまだ出来ないことが山ほどある。
なかでも一番苦手としているのが今やっている「刺繍」である。
一体全体、何故にバルシェムが・・
しかも「男」が「刺繍」など覚えなければならないのか?
アインは常々疑問に思っていた。
だがその「疑問」を口に出来ないのが「バルシェム」で、
与えれれた「任務」を疑問に思っていけない。
それすなわち、例え「変な訓練」であってもそれを疑問に思ってはいけないのだ。

自分の席に着くとアインは周りを見渡す。
「刺繍」の訓練が始まった時は
まわりに他のバルシェムがたくさんいたはずなのに・・・
と、小さくため息を漏らす。
他のバルシェムたちは早々に「OK」をもらって
さっさと「休憩」に入ったのだ。
なのに自分はもう何度何度も「NG」と言われている。
まぁ、確かにアインの「刺繍」は「OK」をだせる代物ではないのだが・・、
アインは「自分ひとり」ということが納得いかないのだ。

「う〜!!(キャリコの鬼〜!!)」
「・・・唸っていないで手を動かせ、手を」
「!!?」

突如、頭上から聞こえてきた「声」に心臓が飛び出てしまうんじゃないか?
というくらい驚いてしまった。
一体いつの間に傍に来たというのだろうか?
この男はいつもいつも、いつの間にかアインの傍に来ているのだ。

「・・・キャリコ!いきなり話しかけるな!!」
「・・・いきなり?」
「あ!」

その時、キャリコの目が細まった。
普段は仮面をつけているバルシェムも、
訓練の時は流石につけていないので表情の変化がよく判るのだ。

「俺が近づいてくる気配も感じ取れないとは・・・アイン?」
「・・・ぅ・・・ぁ・・・その・・・」
「・・・・・・」

キャリコの厳しい視線にハントされてしまったアイン。
ジロッとしている目は「お前は何時まで経っても使えないバルシェムだな」
と言っている様である。

「再調整されたくなければ、必死にやれといつも言っているだろう?」
「・・・わかっている。だが刺繍は本当に苦手なんだ」
「苦手でもきちんと身に着けなければ待っているのは『ゴミ箱』だ」
「・・・ゴミ箱??」
「・・・処分されて肉片はゴミ箱、という意味だ」
「!!?」

その時、アインの顔色が青いものに変わる。
いくら戦闘のためだけの『人形』であっても『死にたくはない』のだ。
キャリコはそんなアインを無表情に見つめながら・・・

「ゴミ箱にはいきたくないだろう?」
「・・・・行きたくない」
「では早く綺麗な刺繍が出来るようにならなければ・・・、
 検定は1ヵ月後だぞ?わかっているのか?」
「・・・わかっている」

シュン・・とうな垂れて、止めていた手を動かし始めた。
ゴミ箱には行きたくないし・・・何より・・・・。










「家庭科」室は物音一つしなかった。
聞こえるのは時計の針が動く音と、
時折聞こえてくるアインの・・・

「・・・・つ!!」

という悲痛な声。
そう、聞こえてくるのは、アインが指に針を刺した時の声だけだった。
目の前には足を組んで椅子に座っているキャリコがジッとその様子を見ている。
指に針を刺すと、はぁ・・・と、ため息をつかれるのだ。
アインはその「ため息」を聞くたびに泣きたくなる。
だがグッとこらえて再び「刺繍」を始めた。

目が疲れて、休憩のためにキャリコをチラッと見てみた。
そしたらサボっていると思われたのか、ジロっと睨まれて、

「遊んでいないで手を動かせ、アイン。俺だってそんなに暇ではないんだぞ?」
「・・・わかっている。・・・オレのせいで『休暇』が潰れていることも・・・」
「・・・わかっているのなら、さっさと手を動かせ、手を」






「家庭科室」に静かな時間が流れていく・・・。
どれくらいの時間が経ったのだろうか・・・?フイにその声は部屋いっぱいに響いた。

「出来たーー!!」

ニコニコ顔で出来上がったソレをキャリコに差し出す。
刺繍のハンカチを受け取ったキャリコは、
舐めるようにその出来栄えを確かめている。
時折手で触って「触り心地」も確かめているようだ。
アインはその「審査」を心臓をバクバクさせながら見守っていた。

キャリコに刺繍のハンカチを渡して5分後、
刺繍のハンカチからアインへとキャリコの視線は戻ってきた。
その顔には何の表情も浮かんでいない。
アインは緊張で心臓がドクドクしてしまっていた。

「(???なんだ??やっぱり駄目なのか??)」

刺繍をテーブルの上に置くキャリコ。
そしてキャリコの手がアインへと伸びてきた・・・。

アインは殴られると思い反射的に目を閉じるが・・・、


「よし!上出来だ!アイン!!」

ワシャワシャと頭を撫でられたアイン。
何が起きているのか直ぐには理解できずポカーンとしているようだ。

「やれば出来るじゃないか、アイン。本当によく出来ているぞ?
 まぁ、お前の血液のシミがあるのは気になるが・・・・」
「・・・・・・・・」
「まぁ、訓練しだいで針も指に刺さなくなるだろう・・
 あと1ヶ月もあるしな。・・アイン?」
「・・・・・・・・」
「アイン?聞いているのか???」
「・・・・キャリコ」
「ん?」
「・・・オレ、合格??」

目の焦点が合わないまま、合否を確かめるアイン。
そんなアインが可笑しいのかキャリコは満面の笑みを浮かべて、

「ああ、合格だ」
「!!?」

『合格』という言葉にアインは顔を綻ばせる。
安心したのか、ほぉ〜・・と息をつきながら床へ崩れ落ちてしまった。

「アイン???」
「・・・よかった・・・。このまま合格できないんじゃないかと思った」
「・・・・アイン」

キャリコを見上げ、苦笑を浮かべながらアインは自分の体を抱きしめた。

「ゴミ箱はいやだ・・・、キャリコと離れるのは・・イヤなんだ」
「アイン・・・」
「ありがとう、キャリコ。貴重な『休暇』なのにオレに付き合ってくれて」

するとキャリコはフフッと笑って、

「当たり前だろう、アイン。・・・・お前は・・」
「・・・・?」

床に座るアインにあわせる様に、キャリコも床に肩膝を着いた。
そしてアインの肩に手を乗せると優しい微笑をくれながらその言葉をくれた。

「・・・お前は俺の『大切な存在だから』な。
 バルシェムは皆大切だがお前は特に大切なんだ」
「・・・・・・??」
「だから貴重な休暇がお前のせいで潰れても腹は立たない。」
「・・・・キャリコ」
「俺もお前が消えるのは勘弁だ。
 消えないで欲しい・・・・、だからいつも厳しくしているんだ。」
「厳しいのは・・・オレのためにってことか・・・?」

真っ直ぐにキャリコを見つめてアインは聞いた。
コクンと頷くキャリコにもう一つ聞きたいことが出来てしまう。
おそらくそんなこと聞かなくてもキャリコはそう言ってくれるのだろうが、
どうしても自分から聞いてみたかったのだ。

「キャリコは・・・オレのことが・・・特別?」

するとキャリコは本当に優しい笑顔を浮かべてアインを見た。

「お前は・・・大切な存在、俺のたった一人の『特別』だ」

そういうと、キャリコは静かにアインの唇に唇を近づけたのだった・・・・。




数秒後、唇が離れる・・・・。
キャリコが閉じていた目を開けると、目の前には真っ赤な顔のアインが映った。
いつまで経っても初々しいアインに苦笑しながらも
心では可愛くて仕方がない、と思ってしまうキャリコであった。
キスだけで心臓がバクバクしてしまっているアインを落ち着けようと

「・・・せっかく家庭科室にいるんだ、おやつでも作るか?」
「・・・おやつ?」
「まぁ、たいしたものは作れないが・・・、
 そうだなホットケーキとか・・・好きか?」

『ホットケーキ』に、真っ赤な顔だったアインの顔はキラキラ顔に変わった。

「大好きだ!!2段重ねでメープルシロップとバターたっぷりがいい!!」
「・・・・太るぞ?」
「大丈夫だ!!その分動けばいい!!早く作ってくれ!」
「・・・・お前も作るんだ」
「・・・え?」

作ってくれるのではないのか??と、
首をかしげて長身の男を見上げた。
キャリコは呆れた顔をして、

「当然だろ?お前は調理もあまり得意ではないのだから・・・
 この際だ、練習しておけ」
「!!・・・うぅ・・・了解だ」
「よし、アイン」
「何だ??」

ガックリと肩を落としながら、
調理器具を用意するアインにキャリコは早速テストを開始する。

「ホットケーキに必要なものは?」
「・・・ホットケーキに・・・?」
「・・・・・・」
「・・・・たまご?」
「・・・・そうだな」
「・・・ホットケーキミックス」
「まぁ、それでもかまわん」
「・・・・・終わり?」
「ほぉ・・・?終わり?」

ギロッと一瞥するキャリコにアインは鳥肌が立った。
一体何が足りないというのか??
キャリコに嫌われたくないアインは必死に考えた・・そして、

「あ!バニラエッセンス!」
「・・・そんなものは入れても入れなくてもいい!もっと他にあるだろ!?」
「え・・?えぇ・・???」

本当にわからないらしいアインに小さくため息をつきながらも、
このまま自分がただ教えただけではアインのためにならないので、
キャリコはそれとなくヒントを出すことで正解へ導く手法をとることにした。

「お前がいつも飲んでいるものだ」
「・・いつも・・飲んで・・・?あ!」

ポンッ、と手を叩き、小走りで冷蔵庫へ向かいソレを出した。

「これだな!牛乳!」

嬉しそうに牛乳パックを抱えて戻ってくるアインの頭を
ぐしゃぐしゃと撫でてキャリコは褒めてあげた。
叱るばかりではなく、きちんとできた時には「褒める」、
そうしないと「成長」は出来ないということを心得ているのだ。

「そうだ、ちなみに水で代用してもかまわん。」
「ふーん・・・」
「さて、器具も材料もそろったことだし、始めようか?」
「了解だ!・・・・えっとまずは・・・」


こうして、アインとキャリコの料理教室が始まった。
だがホットケーキを一枚、焼き終わり2枚目を焼こうとした時、
キャリコの黒い手がアインに伸びてきたのである・・・。



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