〜本当は気になる存在〜
普段は駅構内など歩かない。
誰か、他の路線と会うのは面倒だし、
それになるべくなら会いたくない。
別にそれを引きこもりだとか、
人見知りだとか自分自身は思わない(他の路線は思っているみたいだけど)。
ただ面倒くさいだけだ。
親しくなってまたあの時のように離れるのは辛いし。
誰かを失うのは怖いし。
ま、・・・・あの人と離れる前も人付き合いは極力しなかったけど。
けど今日はなんとなく終電を送り終えた後の池袋構内を歩いていた。
なんとなく気分転換で歩いていたにすぎない。
まさかその地下ロータリー、
中央の丸の内改札前で出会うとは思わなかった。
・・・だってアイツの駅は俺とは反対側だしここには用はないはずだろ?
「・・・・西武・・・!」
「・・・・!東武・・・?」
西武池袋はコートのポケットに手を入れて歩いていた。
俺が声を出すと、ヤツは辺りをキョロキョロ見渡して、
「・・・・ふん。ボーっと歩いていたらこんな所まできていたか」
って言っていた。
「あぁ!?天下の西武様もボーっとしたりすんのかよ!?」
「私は貴様の単純な思考回路とは違う、ナイーブな思考回路を持っている。
時には悩んだりするし、ボーっとしたりもするさ!」
ほんっと!いちいち嫌味なヤツだ!
日光より嫌いだ!
いけ好かないヤツってのはコイツのことをさす言葉だ。
「単純で悪かったな!」
「・・・・五月蝿い、キーキー喚くな。これだから貧乏路線は・・・」
西武はフゥ・・・と大きなため息のあと大げさなくらいに肩を竦める。
だから!その態度がムカツクんだよ!!
だいたいてめーらの『会長』を話す時の声の大きさだって近所迷惑極まりねーじゃねーか!
自分のことを棚にあげて人のことを指摘するなんざ本当に腹の立つ・・・!
秩父鉄道はこんな奴らのどこがいいんだ・・・!
・・・って叫んでやろうとしたら、西武はこれ以上俺の相手をする気はないのか、
クルリと身体の向きを変えて西武池袋駅の方面へまた歩き出した。
・・・いつもだったら殴り合いまで発展するのに(実際は有楽町に止められるけど)、
あっさり引き下がるなんておかしいな。
変なもんでも食ったのか?
「・・・おい、西武?」
「なんだ?私は忙しい」
「・・・・ボーっと歩いてたヤツのどこが忙しいんだよ?」
「!!ボーっとすることに忙しいんだ!」
「・・・はぁ?」
ボーっとすることに忙しいなんて、やっぱ変わったやつだな。
ま、真夏にもコート着込んで『会長!』なんて叫んでいる時点で、
そーとー変なヤツだけどさ。
・・・すると西武のヤツも罰が悪かったのか、珍しく顔をピンク色に染めていた。
長年顔をあわせていたけど、そんな顔ははじめて見るかもしれない。
「また会長サマのことでも考えてたのかよ?」
「・・・ふん。当らずとも遠からず、と言ったところだ」
・・・・お、返事を返してきた。
身体の向きも西武の池袋駅方向から俺のほうに変ってるし。
・・・あの顔を見られてのが相当恥ずかしいのか?
「まもなく新線が開通する」
「・・・!ああ、副都心線な」
「そうだ。その迷惑極まりない路線のせいで会長がお心をいためておられるかと思うと、
私は心配で心配で夜も眠れんのだ」
「・・・・へー・・・」
よくわかんねーけど、『会長サマ』のお心ってヤツを考えてボーっとしてたってことか?
「まぁ、確かに・・・池袋拠点の顧客が渋谷に足を伸ばしたら売り上げはガタ落ちだよな」
「流石に貧乏なだけはあって金勘定の計算は速いな。」
「貧乏は余計だ!・・・・でもそのことで悩んでんなら俺も少しはわかる気がする」
「ほぉ・・・?珍しく意見が合うな?
いつもキーキー喚いていないで、今のように素直だと可愛げもあるぞ?」
「でっけーお世話だ!俺は可愛げなんて求めてねーしな!
そんなもんで飯は食えねーんだよ!」
そうだ!それに忘れてたけど(いや、忘れてたわけじゃねーけど)、
新線が開通ってことはまた新しいヤツとご対面なわけなんだよなぁ・・。
面倒くせーなぁ・・・・、
何が面倒ってこれ以上直通相手が増えても付き合いが面倒だ。
あの覆面、つかみ所がなさそうだし・・・・。
「どうした、東武?急に黙り込んで」
「へ?・・・って、うわぁぁっぁ!!」
アレコレ考え込んでいたらいつも間にか西武が近くまできていて、
俺の顔を覗き込むように伺っていた。
「!!?な、何だ!?急に大声を出すな!」
「・・・てめーの顔が近いからだろーが!」
「何度呼んでも返事をしないからだろう!」
「あぁ!?そんなに何回も天下の西武様に呼んでいただけたなんて光栄だね!
で?なにか御用ですか!?」
「貴様はあの新線をどう思っている、と聞いたんだ!」
「どうって!?」
「仲良く出来そうなのか、と言う意味だ」
日本語も理解できんのか?と小ばかにしたような顔をされ無性に腹が立った。
なぁにが『仲良く』だ!
お前だって知ってんだろーが!
俺が極度の篭りがちな路線だってことはよ!
・・・・口が裂けても自分からはいわねーけどな。
「仲良くもなにも、もう決まったことだしな。適当に付き合う」
「適当に、な」
「・・・でも馴れ合ったりはしない。俺はずっと独りでいい・・越生は別だけど」
「馴れ合うったりしない・・・、独り、か」
「・・・西武?」
どうしたんだ、コイツ。
さっきから俺の言葉を復唱して・・・・?
「・・・そのわりには・・−−−−−のようだがな」
「・・・・・は?」
西武は何かをボソボソっと呟いた。
でも声が小さすぎて聞こえなかった。
聞き取れなくて「何だよ?」と聞き返せば、
肉食動物のような目をした西武の腕が急に俺の手首に伸びてきて、
ダンッという音とともに壁に縫い付けられるように拘束されてしまった。
「・・・・へ?」
あれ??
コイツってこんなに背が大きかったっけ?
それになんてーか・・・、目が怖いんですけど?
「せ、・・いぶ?」
「・・・その割にはいつも楽しそうに営団や国鉄と馴れ合っているようだがな、
と、言ったんだ・・・・」
なんか西武の目が段々怖くなってくのはなんでだ?
てか、手首を掴む力が段々強まって痛ーんだけど?
とにかく、認めたくねーけど、今の西武は怖い。
ヘタに刺激して殴られてもイヤだし、俺は見下ろしてくる目をプイと逸らし、
小さな声で「そんなことねーだろ」と答えた。
だけど俺の答えが気に食わなかったのか、手首を掴む力はもっと強くなって、
俺は怖くなって全身を使ってもがいた。
なんとか西武を引き離したくて、だ。
でも西武の力は強くて、出来ない。
こうやって真っ向から挑まれたら、俺のウエイトでは勝てないのだと嫌でも悟ってしまった。
・・・そんな俺に、西武は頭上で小さく笑った。
「何がおかしい!?」
震える声で叫ぶ。
認めたくないけど俺の声は震えてしまっている。
「別に?・・・ただ必死な様があの時のようで笑えてな」
「・・・あ、あの時?」
「秩父鉄道の時、だ」
「!」
秩父鉄道・・・・。
俺との乗り入れをやめて、西武だけにした・・あの時・・のことか?
「・・・てめぇ!」
「まったく・・・、折角一番目障りな輩をこちら側に引き寄せたのに、
別の目障りな連中は相変らずチョロチョロしている。
おまけにもう一路線増えることになるとはな・・・」
「何言ってんだよ!?」
「冗談ではない、と思わないか?」
「何が!?」
「そんなことに悩んでいる私が、だ」
・・・さっきから何言ってんだ、こいつ??
だいたいてめーの悩み事は会長サマのお心じゃねーのかよ??
「・・・本当に冗談じゃない」
冗談じゃねーのはこっちだ!って、叫ぼうとした。
でも出来なかった。
強く掴まれ、壁に縫い付けられた手首。
いつの間にか足の間には西武の身体が割り込んでいる。
そして西武の顔がすごく近くなった、と思ったときにはすでに口が塞がれていたから。
息をするのも許さないような激しく深い、キス。
なんで俺にこんなことをするのか、とかそんなこと考える暇すらないくらい深い深いキス。
普段は駅構内など歩かない。
誰か、他の路線と会うのは面倒だし、
それになるべくなら会いたくない。
けど今日はなんとなく終電を送り終えた後の池袋構内を歩いていた。
なんとなく気分転換で歩いていたにすぎない。
まさかその地下ロータリー、
中央の丸の内改札前で出会った西武池袋。
俺は自分より大きな西武を跳ね除けることも出来ず、
ただキスを受け止めるしか出来なかった。
2010/8/7
有難う御座いました。
好きな子ほど苛めちゃうの、的なものを西武さんに(勝手に)感じ作ってみました。
副都心開通直前、的な背景にしたので少し古いですかね?
ちなみに続きもあります!(R指定ね)
戻る
|