〜お互い様です〜
「ゆーらくちょー!!!」
バタンと扉が開いたと同時に目ざとく自分を見つけた東上線は、
いつも以上に眉間に皺を寄せて胸倉を掴んできた。
朝の遅延もやっと解消しメトロの面々と一服しようととしていたところの来訪。
東上はものすごい人見知りだが、怒っている時はその人見知りの虫はどこかへいってしまうらしい。
その証拠に今、この場所にはメトロの面々が沢山いるというのに、
東上はオドオドもしていないしびくついてもいない。
「わ、わわわわっ!!な、なに??」
胸倉を掴まれたまま有楽町はわけも分からずとりあえず胸倉をつかむ東上の手首を掴んだ。
と、同時にチラリとメトロの面々にヘルプの視線を送るが誰も彼もが我関せず・・・、
というか面白そうにニヤニヤ笑っているだけで助けようとはしてくれない。
「・・・有楽町・・・、お前・・・」
誰も助けてくれない、内心ガックリしているとドスのきいた低い声が下のほうから聞こえてきた。
「・・は、・・はい?」
見えれば胸倉をつかむ手は細かく震えている。
細かく震える、つまり東上は相当ご立腹のようだ。
目はすわり、けれども何かを耐え忍ぶようにジワリジワリと目が潤んでいっている。
そして東上はキッと再度睨んでくると、
「お前、・・・俺に恨みでもあるのかよ!?」
と、突然わけの分からないことを言い始めたので、有楽町は頭と胃が痛くなった。
「(『俺に恨み』って・・・、今朝の遅延のことか??
いや、それなら西武にも迷惑かけたしなぁ・・)」
じゃあ、なんだろう?
有楽町は胸倉を掴まれながらも必死に考えた。
早く答えを見つけて何かを言わなければこのまま投げ飛ばされそうな勢いだからだ。
有楽町が何もいわないでいるとやはり東上の機嫌はより急降下したらしく、
ググッと有楽町の身体が少しずつだが地面から離れていくのが分かった。
「(・・・ま、まずい!!)あ、あの!!東上??」
「・・・お前と俺、西武と副都心・・・、今日、遅延起こしたよな?」
だんだんと低くなりつつある東上の声。
その低い声で東上は確認するように語りだした。
有楽町は東上の問いにコクコク大きく頷き返す。
そう、なぜならそれは事実だからだ。
有楽町と副都心、西武と東上、
これらの路線はどこかで何かが起きると芋づる方式でドコもかしこも遅延していくのだから。
有楽町の頷きに、東上も小さく頷いた。
どうやら有楽町の返事は正解だったらしい。
(まぁ、真実だから不正解の答えなどなかっただろうが)
「・・・で、今朝の遅延の理由はなんだ?」
「え?」
「・・・今朝の遅延の理由だよ!?」
同じ事を言わせんな!と有楽町の身体、というか足先がが更に地面から離れたので、
有楽町はあわてて答えた。
「うわわわわっ!あ、雨で!!ほ、他の接続先とかもいろいろあって!
それで俺の路線のホームや車内に乗客が溢れて!
それで!つ、つまり『お客様混雑の為』だ!!」
一気に答えると、東上はなぜかニッコリと微笑んだ。
それはもう普段は越生や秩鉄にしか見せないような極上の笑み。
普段であったら珍しい表情に魅入ってしまっていたかもしれないが、
状況が状況なだけに有楽町はただただ恐ろしくなるばかりだった。
「そうか・・・、『お客様混雑の為』か・・・、ふぅん?」
「(ふぅん?・・って、声のトーンと表情が合ってないぞ〜??)」
はははは、と内心で空笑いしていたら突如その痛みは体全体を襲ってきた。
言葉には出来ない、というか声も出せない痛みだ。
痛いなんてもんじゃない、苦しくて、目の前が真っ暗で・・・・。
胸倉を掴んでいた腕が離れ有楽町は床にうずくまった。
それまで高みの見物を決めこんでいたらしいメトロの面々も流石にざわつき、
そのなかでも有楽町と同じように真面目そうな眼鏡の二人が有楽町の傍まで駆け寄り、
腰をトントン叩いたりしてあげている。
まぁ、ここまででお分かりであろう。
そう、東上は有楽町の急所を蹴ったのだ。
それもおもいっきり・・・・。
副都心も『先輩』の傍まで駆け寄り一緒に背中や腰をさすっていたが、
やがて立ち上がり非難するように東上を見下ろした。
「・・・東上さん、やっていいことと悪いことがありますよ?」
けれど東上の怒りはまだ収まっていないのか、
今度はその怒りが副都心に向けられようとしていた。
さしもの副都心も嫌なものを感じ、東上から一歩離れた。
そして、
「・・・やって良いことと悪いことがある、か」
と、副都心の言葉を復唱した。
「・・・あ、あの・・・東上さん?」
「じゃあ、さ」
東上は再びニッコリと微笑を浮かべる。
そう、越生や秩鉄にしかみせないあの笑顔だ。
副都心は背中に悪寒を感じ、更に東上と距離をとろうとしたが、
それよりも一瞬早く東上にネクタイを掴まれ逃げ損ねてしまう。
「・・・じゃ、てめぇらメトロのやったことはどうなんだよ?あ?」
「・・・え?・・・ぼ、僕ら・・メトロがやったことですか??」
「そうだ・・・、身に覚えがあんだろ?・・・今朝とか、さ」
「・・・身に覚え・・・?、今朝・・・・?」
副都心はチラッと床に蹲る有楽町に視線を送る。
有楽町は相変らず苦しそうだが、大分落ち着いてきたのか、二人の話を聞いていたらしい。
副都心の視線にブンブンと力なく頭を左右に振ってくれた。
「(ですよねぇ・・・、僕にもサッパリ)あ、あの・・・東上さん?」
「あぁ!?思い出したか!?」
東上がグイッとネクタイを引っ張ったので距離が縮まる。
コレはよくない、副都心は珍しく顔を引きつらせた。
このままでは有楽町の二の舞だ、それだけは避けたい。
「あ、あの・・・、もう少し具体的に説明してもらえます??」
お願いします、と珍しく遜った態度を取れば東上もその態度が気に入ったのだろう、
チッと舌打ちこそしたものの具体的に話をし始めてくれた。
「今朝、俺たちは遅延した、そうだよな?」
ジロッと副都心に同意を求めるように視線を向ける。
それに対し副都心は黙って肯定し、先を即す。
「その理由はなんだった?」
「・・・えっと・・・、有楽町線の・・・混雑・・です・・、かね?」
「ああ、そうだな。それについては有楽町も認めてたし」
そうだよな?と床に蹲る有楽町を睨めば、有楽町は青い顔で頷き返す。
「・・・で、お前らはその時どうした?」
「・・・は?」
『オマエラハソノトキドウシタ?』
東上は確かにそう言った、言ったが、意味が分からなかった。
副都心が答えを見出せず黙っていると、
それまで黙って見守っていたメトロの親分が初めて口を挟んできた。
「・・・確か今日の有楽町と副都心の遅延理由は、
『東武東上線での遅延の為』になってなかったかな??」
ねぇ?とニッコリと微笑んで銀座は東上を見、副都心と有楽町も見た。
東上はコクリと頷き、副都心と有楽町は『あ!』という顔になる。
東上は副都心のネクタイから手を離すと、
今度は拳を硬く握り締めブルブルと震え始めた。
唇を噛みしめ、目には溢れんばかりに涙が浮かんでいる。
「・・・ひょっとして東上さん、
遅延の理由が自分のせいになっていたから怒っているんですか?」
そんな小さなことで、と副都心は言いたかったのだが、
ものすごい勢いで拳が飛んできたので言うことが出来なかった。
あんなのに当っていたら気絶してしまう、避けられて良かった・・・、
まぁ、避けたというか銀座が首根っこを掴んで後ろに引っ張ってくれたから避けられたのだが・・。
「有楽町・・・、副都心・・・、俺はな・・・」
「・・・・・・?」
「・・・・・ぅぅ・・?」
「俺はだいたいダイヤ通り、よっぽどのことがない限り遅れずに和光市駅に到着してんだよ」
「・・・・そうですねぇ・・・、東上さんって人身と車両故障以外にはお強いですからねぇ!」
ダイヤ通りで助かってます☆とウインクしながら言えば、
東上の顔中に怒りのマークが浮かんで見え、副都心は口を噤んだ。
「そう、俺はダイヤ通りだ・・・、ダイヤ通り和光市駅まで行くが・・・、その直前で待たされる!
・・・・お前らの始発電車がまだ発車してないからだ!
そのせいで直通電車は和光市駅手前でいつも糞詰まりだ!!
・・・・しかも!それを俺のせいにしてやがるだろ!毎回!!
『東上線での遅延で』って理由にしてんだろ!!どうなんだよ!?」
一気にまくし立てるように叫び終わればシー・・・ンとその場が静まり返った。
副都心は引きつった笑みを浮かべ、
床に蹲る有楽町も青い顔で引きつっている。
思い返せば全く持ってその通りだったからだ。
反論のしようもない。
まぁ、和光市駅は東武の管轄だからそうなってしまっているのだが、
東上からしてみれば納得いかないことこの上ないだろう。
「・・・おかげで俺は・・・俺は・・・西武に・・・・!」
「え?西武さん?」
また嫌味でも言われたのだろうか?とおそるおそる東上に近寄ってみれば、
彼にしては珍しくボディソープのような香がすることに気がついた。
牛乳石鹸を愛用している彼から香るにはいささか変であったので、
副都心は首を傾げてじっくりと東上を上から下まで見てみる。
季節は冬だ。
冬は寒いのだからきっちり服を着込んでいても珍しくはないが、
彼、東上はよく動き回るから暑いのだろう、夏は袖をまくる出なくつなぎの上を腰で結わいている。
秋になれば流石につなぎの上は脱がないが袖はまくっている。
冬になるとよほど寒い日でなければつなぎの上は首まできちっと閉めていないのだ。
それが今日はどうだろう?
今日は雨だが、梅雨の時のようにジメジメしていて少々暑い。
けれど東上はキチンとつなぎを着込んでいる。
はて?と首を傾げて上から東上の首元を覗き込んだ・・・その時。
「・・・あれ?」
身長差をいかし、上から首元を覗き込む・・・、
すると東上の首もとには無数の虫さされのような赤みが見て取れた。
銀座もそれに気がついていたのだろう。
クスッと笑うと、徐に東上に近寄り肩に手を置いた。
「ごめんね、東上・・・・。ひょっとして有楽町と副都心のせいで西武さんに食べられちゃったかな?」
ニコニコ笑いながらけれどもズバッと核心を持った銀座の物言いに東上は一瞬で真っ赤に染まった。
「・・な・・・な・・ななななにを・・・・!?」
「うん?ゴメンね?君、僕より小さいから上からだと丸見えなんだよね?キスマーク」
「!?」
今度こそボッと茹蛸のように真っ赤に染まった東上に銀座は更に攻めていく。
「西武さんも振り替えで忙しくて溜まっちゃったのかな??
それで、はけ口にその原因であるとおもわれる君を食べちゃったのかな??
そうだとしたら申し訳ないことをしたよね?
本当だったら有楽町が餌食になっていたはずなのに、
君が身代わりになってくれたんだもんね?
うん。ならメトロを代表してお礼を言わせて貰うね?
どうもありがとう!」
「・・・や・・その・・・俺は・・別に・・・・」
「ふふ、照れなくてもいいんだよ?でも・・・・」
「へ?」
その時、銀座の顔が豹変しギュッと東上の肩を掴む力が強まった。
「でも、仕方がないとはいえ暴力はよくないなぁ・・・?
有楽町のアレが使い物にならなくなったら困るでしょ?」
「・・・痛っ・・・、うぅ・・・、確かにそうだ、けど・・・」
「ね?」
確かに暴力は良くない事だとおもう。
社長にもよく注意されたものだ。
有楽町のアレが使い物にならなくなったら責任のとりようもない。
東上が蒼白になっていると、
銀座は満足したのか優しい顔に戻して微笑み、肩からそっと手を離す。
東上は怯えた目で銀座を見上げた。
怒りも収まり人見知りの虫が出始めてきたのかもしれない。
「僕はきちんと反省する子は好きだよ?だから怖がらないでね。
・・・今回のことはメトロ側の表記に問題もあったし、
上に報告して今後は別の形を取るように打診してみるよ」
「う、うん・・・、ありがとう・・・」
素直に銀座に謝る東上に副都心はギョッとしてしまう。
あの偏屈な東上を素直にさせるなんて、
やはり銀座は怖い存在だ、逆らってはいけないと心に新たに誓いもした。
そんなことを考えていたら銀座から声がかかった。
「ほら、副都心も有楽町も謝って」
副都心は内心ビックリしたが表には出さず、
いつものなんとも言えない表情で、
「どうもスミマセンでした!」
と、謝れば東上は苦笑した。
どうやらご機嫌は完全に直ったらしい。
それもこれも銀座の一声のおかげかとおもうと、
副都心がさらに銀座が恐ろしく感じたのは言うまでもない。
「と・・とう、じょー・・おれ・・・」
有楽町も苦しげに東上に謝ろうと声をかけるがまだ声にはならないようだった。
東上は床に屈みこみ、フルフルと頭を横に振る。
「ああ・・、もういーよ・・・、その・・俺も悪かった・・・、痛かっただろ?」
「ぅ・・う・・、だいじょ・・ぶ・・・だよ・・・」
「・・・本当か?」
「・・・う、ん・・・」
東上が心配そうに覗き込めば有楽町はまだまだ青い顔をしている。
手加減なしで急所を蹴り上げたから仕方がないが、
先ほどの銀座がいったように使い物にならなくなっていたら大変だし、と、
東上は意を決し有楽町のその場所に手を伸ばした。
「・・・・!!・・と、とー・・じょ・・?」
いきなり何?と思うが痛みでまだ声が出せないし、手も動かせない。
ムンズと掴まれ、いきなりもまれ始めたときには別の悲鳴が上がったのは仕方ないことだろう。
「!!???うーーーーっ!!?」
「大丈夫だって!俺、西武ので触りなれてるから!ちょっと試すだけだ」
「!!??うっ、んっ!!」
触りなれてるって何?
とか、
ちょっと試すって何?
とか、色々思うがやはり声が出ない。
確かに東上は慣れているらしく、痛みでジンジン痺れていたその場所は、
今度は別の痺れに変わりつつあるのが自分でも分かった・・・が。
「(何の羞恥プレイだよ!!)と、東上ーーー!!」
声もやっと出せるようになり慌てて東上を止めるが、
有楽町がある程度成長したところでピタッと手は止まりそこから離れた。
「・・・お、元気になった!使い物にならなくなってなくて良かった〜」
うんうん、と満足げに笑うと、スッと立ち上がり、
東上はもう一度「本当にゴメンな」と謝って、メトロの部屋から立ち去ってしまった。
・・・それを一部始終見ていたメトロの面々、主に苦労性の日比谷と千代田と東西は、
「台風のようなヤツだったな」
と、煽られるだけ煽られ、そのまま放置プレイにされてしまった有楽町を哀れみの目で見つめた。
そして羞恥プレイにボーゼンとしている有楽町に銀座の容赦ない一言が。
「有楽町・・・、それ、トイレなりなんなりで早く処理してきたら?
・・・・なんというか見苦しいよ、昼間から」
「!!?うっ」
「・・・ひょっとして歩けないかな??僕たち、10分くらい席を外そうか?」
「・・・・!!!!必要ない!自分でトイレまで行く!!」
「先輩、なんなら僕がトイレまでおぶりましょうか??」
「全力で遠慮する!!」
「えー・・・」
「『えー』じゃない!!ついてくるなよ!」
スクッと立ち上がった有楽町は全身を真っ赤に染めていたが、
彼にしては珍しく目に何だが浮かんでいた・・・ように見えた、が、
誰も気づかないフリをしてトイレに全力疾走する有楽町を笑顔で見送ったという。
・・・・あわれ、有楽町・・・。
だが・・・。
「まぁ、今回は有楽町の責任だしね。自分の遅延を他社のせいにしちゃいけないよね?
あの子は頭もいいし、苦労性だから可哀想だけど、たまにKYだよね・・・」
「・・・・銀座」
そんな殺生な・・・と、思うが誰も口にしない。
あわれ、有楽町・・・・、彼の試練はまだまだ続く。。。
有難う御座いました。
途中から何を書いているのか自分でも分からなくなってきたので打ち切り・・・無理やり。
まぁ、アレですよ・・・。和光市駅ってよく糞詰まりしてるんですよ・・・、
メトロ側が・・・・、過密ダイヤだからですかね・・・。
で、このままではあまりにかわいそうなので・・・コレを作ってみた。
2011/2/20
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