親離れ、子離れの続きのようなもの。




「・・・・俺、昨日すっごく驚いたんだ」
「は?」

休憩室に入ってくるなりの有楽町の一言に、
副都心は首を傾げる。

「昨日以上の驚きはないと思ってたけど、
 今日、さらに驚いたよ・・・・」
「先輩?さっきから一体何の話ですか?」
「うん?・・・・実はさ・・・・」










〜恋愛の云々〜



場所は池袋。
忙しい時間帯も過ぎ去り、一息入れようtしていた有楽町が、
自身の改札口を出たときに東上線とバッタリ出くわしたのだった。

「東上!お疲れ!」

東武百貨店で何かを買ったのか、彼の手には袋が握られている。
そして有楽町線の改札を通り過ぎ、階段に向う最中であったのだろう、
東上は有楽町の声に斜めに身体を返して、おう、と返事を返してきた。

「東上もこれから一息?」
「まぁな」
「俺もなんだ。折角だから一緒に・・・・、?」

有楽町がお誘いの言葉をかけたとき、
東上の視線は有楽町ではなく彼の頭上に向けられていた。
一体、どうしたんだろう?と有楽町はその視線の先を自分も見つめれば、
そこには『他社運行状況』が流れているところだった。
ああ、そういえば・・・、と、有楽町が何かに思い当たった時、
東上の口から信じられない言葉が出てきたのだった。

「・・・なんだ・・・、伊勢崎のヤツ遅れてんのか?」

それは本当に、それはもうひとり言のように小さな声だった。
いや、実際にはひとり言だったんだろうが、
有楽町としては驚きを隠せないもので・・・。

「・・・・え?と、東上・・・?」
「あ?」
「今・・・、なんて言った?」
「・・・・いま?」

訝しげに眉を寄せる東上は、スタスタと歩き出し始めた。
一緒に一息をつこういう申し出に対し、
まだ返事は貰っていないが、慌てて有楽町はその後を追う。
手作り石鹸の店の前を通り過ぎ、階段を登る東上の横まで追いつくと、
有楽町は再び話しかけた。

「あ、あのさ・・・今さ」
「だから何だ?」
「うん、だからさ・・・、『伊勢崎のヤツ遅れてんのか?』って言っただろ?」
「・・・あぁ?」

それが?と東上に横目で見られ、言葉を飲み込んでしまう。
ココで負けたらダメだ!と、階段を昇りきった所で、
有楽町はもう一度話しかけようとした・・・が、
その時見てしまったモノに再び仰天してしまう。

「・・・え?・・・えぇぇぇぇ???」
「今度はなんだよ?」

急に叫び声をあげた有楽町に東上は足を止めて不機嫌そうな顔を向ける。

「・・・と・・とうじょう?」
「だからなんだ!?」
「・・・なに・・・あのテロップ・・・・」
「は?テロップ?」

テロップがなんだというのだろうか?
東上は自分の所のテロップを見上げ、その内容を口に出してみた。

「・・・『東武鉄道では平日は・・・・』」

流れている内容はこの夏の節電対策の云々で、別段おかしなところはない。
おがわま痴漢の時のような変換違いがあるわけでもないし、
目の前のメトロは何に驚いているのだろうか?

「・・・そんなに驚く内容は流れてねーだろ?」
「あ・・、うん・・驚いたのは内容じゃないんだけど・・・?」
「じゃ、なんだよ?スピードが遅いとかか?
 確かにお前達メトロはスピードが速いよなぁ?
 でもあれじゃ読めたもんじゃねーぞ?」
「俺もたまにそれは思うけど・・・、って、そうじゃなくて!!」
「なんだよ?」

より一層不機嫌な顔で有楽町を見返せば、
彼は信じられないものを見るかのように見返してくる。
人をバケモノみたいな目で見て失礼なヤツだな!と、
怒鳴ろうとしたとき、有楽町は恐る恐るといった感じで口を開き始めた。

「・・・うちの半蔵門・・・、少しダイヤが乱れてるんだよね」
「ふぅん?」
「原因が・・・その、伊勢崎の人身でさ・・・」
「・・・でも直通は切ったんだろ?ならそのうちにダイヤは戻るんじゃね?」
「う、うん。ダイヤは戻りつつあるんだけど・・・、なぁ、東上?」
「なんだよ?」
「・・・伊勢崎、人身で遅れてるんだよ?」
「それが?」

有楽町の回りくどい言い方にイライラが増してきたのか、
東上は足元をトントンやり始めた。
このままではそのうちに手、もしくは足が飛んできそうだ。
殴られるのは勘弁願いたいので、有楽町は疑問をストレートに言うことにしてみる。

「東上さ・・・、なんで伊勢崎の遅延をテロップに流さないんだ?」
「!」

ストレートな言葉に有楽町の疑問をやっと理解できたのか、
東上は驚いた顔をしたが、すぐに不機嫌そうに顔を背けてしまった。
そしてボソボソっと小さく言い訳のような言葉を口にする。

「だって俺・・・、関係ねーもん・・・。
 伊勢崎が止まっても振り替えがあるわけじゃなし・・・、
 テロップ流しても意味ねーだろ?」
「え!?・・・や・・・、関係なくはないだろ??
 武蔵野経由で利用者がいるだろうし・・・何より同じ東武だろ?」

直接的なかかわりがあまりなくともそこはテロップを流してあげようぜ、と、
有楽町は言いたかったのだが、東上のものすごい形相の顔を目の辺りにし、
言葉にできず飲み込んでしまう・・・、そして・・・・。

「俺は東武じゃなくて東武東上本線だ!!
 東武本線なんかと一緒にされたら迷惑なんだよ!!
 余計な口出ししてくんじゃねーよ!!このおせっかいが!!」

と、最後には捨て台詞を残し、東武鉄道の改札の中へ走り去ってしまうのだった。









「・・・・って事があったんだ」
「それはまた・・・・」

その時のことを思い出したのか、有楽町はげっそりしていた。
おそらく、そのことが原因で東上のご機嫌を損ねてしまい、
大変な思いをしたのだろう。

「僕は他社さんのテロップを気をつけてみたりとかはあまりしませんけど、
 僕たちメトロが伊勢崎さんの遅延情報を流しているのに、
 東上さんが流していないとなればビックリしますよね」
「だろ〜!!?俺も驚いたのなんのって・・・、
 でもさ・・・、今日はもっと驚いたんだよ」
「今日は何があったんです?」
「うん。昨日はさ『俺は東武じゃない!』って怒鳴ってただろ、東上」
「ええ」
「ところがさ・・・・」

有楽町は今度は先ほどみた光景を話し始める。
それは池袋の駅構内を歩いている時だった。
JRでは有名な黄色い電気ネズミが人気のアニメのスタンプラリーをやっていて、
駅構内は子供たちとその保護者でごった返していた。
子供は元気だよなぁ・・・、などと思っていたら、
見慣れた人物が目の前を横切ったのだった。
・・・・東上だった。
手には数本のペットボトルを持っている。
倹約家の彼が飲み物を買うなんて珍しいな、と思っていたら、
東上は徐に腰をかがめ、ペットボトルを子供に手渡していた。

(えぇぇぇぇ〜!?)

それはまさしく心の叫び。
声に出そうになるのを必死に飲み込んだ。

東上がペットボトルを手渡したのは越生だった。
それはいい・・・、一緒に住んでいるのだから納得が出来る。
だけれども越生の横に彼より更に小さい存在を見つけ驚く。
あれは確か東武大師線だ。
東上と伊勢崎を繋ぐ予定だった小さな路線。
その大師の更に横には越生よりも大きな子供が二人。
佐野線と亀戸線だった。
他に保護者が見当たらないので大師のお守りとしてついてきたのだろうか?
いや、それにしても・・・、と頭をグルグル回していたら、
東上が更にもう一人ペットボトルを手渡した。
有楽町は今回、それが一番ビックリしたのだった。


(えぇぇぇぇ!??西武有楽町???)

東武の子供たちは納得できたとしても、
西武有楽町までいたことに驚きを隠せない。
子供たちの手を良く見てみれば、
電気ネズミのスタンプラリーの台紙を持っているようだ。

それは有楽町の三度目の衝撃だった。





「・・・ってことを目撃したんだ」
「おやまぁ・・・・」
「俺は東武じゃない!
 なんて叫びながら本線の子供たちを預かるなんて衝撃的だろ?」
「まぁ、そうですねー」
「おまけになぜか西武有楽町も参加してたし・・・」
「不思議ですねー・・・、100歩譲って本線の子は理解できても、
 西武池有楽町は理解できませんね」
「あーー!!俺は東上が理解できない!」

頭を抱え、机に伏せる有楽町に、
副都心は他人事のように言葉を投げかけた。

「まぁ、全部が全部理解できたら恋愛はつまりませんよ」
「そりゃそうだけど・・・・、あれ?」

言葉の違和感にガバッと顔を上げると、
副都心はシレッとした顔で誰かにメールを打っていた。

「ふ・・ふくとしん・・・?あの・・?」
「なんです?」

有楽町が真っ赤な顔で言葉を考えあぐねいているときに、
副都心の携帯が鳴り、メールが届いたようだった。
メールの内容を確認して小さく笑った彼は、
そのメールを有楽町に魅せる為、画面を差し出してきた。

「な、なに?」
「いいから読んでみてください」
「へ?」
「ほら早く。真相が分かりますよ」
「真相・・・?」

何の?と、とり合えず差し出された画面を見てみる。




『To:副都心

 西武有楽町が東武東上と一緒にいるのは知っている。
 私が許可を出した。
 西武有楽町が池袋を歩いていた時に偶然に東武の連中を見かけたらしく、
 東武の連中は電気ネズミのスタンプラリーに行くところだったらしい。
 西武有楽町の視線に気がついた東武の子供が誘ってくれたらしく、
 一緒に行くことにしたのだ・・・私は忙しく連れて行ってやれないからな。
 深い意味は無い。私と東武が仲良くなったわけでもない。誤解はするな。

 From 西武池袋』





「これであの子が仲間にいた理由が分かりましたね」
「あ・・、うん・・・そうだな。
 て、いうかお前・・西武池袋とメールなんてするんだな・・・」
「・・・ああ」

その時、副都心は不適にニヤッと笑いを浮かべたので、
有楽町は悪寒が走ってしまう。
さっきも『全部が全部理解できたら恋愛はつまりませんよ』と、
大人びたことを言っていたし、
大人になっても子供だ子供だと思っていたけれども、
いつの間にか心も大人になっているようだ。

「この前、ようやくアドレスを聞いたんですよ。
 ぶっきらぼうですけど、返信はきちんと来るんです。
 この前、デートしたときにですね、
 あんまり『会長』の話ばかりをするものだから、
 僕は思わず・・・・・、先輩?」

副都心を見つめたまま有楽町がポカーンとしているので、
おーい、と目の前で手を振ってみる。
すると、ハッと我に返ったらしく、
有楽町はマジマジと後輩を見つめた。

「先輩?どうかしましたか〜??」

小ばかにしたような喋り方、に、
有楽町は少しだけ安堵の息をつくと、
頭を左右に軽く振りながら話しの先を聞くことにした。

「なんでもない。・・・それで?『僕は思わず』どうしたんだ?」

副都心の性格からして、嫌味の連呼はあるだろうが殴ったりはしないだろう。
一体どんな嫌味を連呼して西武池袋を黙らせたのか気になった。
けど、副都心の話の続きは想像とは全く違っていて度肝を抜かさるのだった。

「ええ、僕は思わず、
 『会長しか言えない悪い子なお口は塞いじゃいましょうか?』って、
 西武池袋さんのお口を僕のお口で塞いじゃいました☆」
「えぇぇぇぇっ」

『ふさいじゃいました☆』ってお茶目にいうことじゃないぞ、と、
咎める目で見れば、副都心はフフッと笑いながら言葉を続けた。

「恋愛は全部分かってしまったらつまらないですけど、
 新しい発見は楽しいです。
 僕がキスをしたときの池袋さんの初心な一面とかは可愛かったです」
「お前・・・・」
「先輩だって今回の東上さんの意外な一面で更に好きになったんじゃないですか?
 嫌い嫌いも好きのうち・・・、東上さん、本当は本線さんが好きなのかもですよ?」
「・・・それで本線も東上を好きだから子供を預けるってことか?」
「おそらく・・・、ま、お互いに不器用なんでしょうね☆
 東上さん、今日は子供さんのお守りでお疲れでしょうから
 先輩は今日、うーんと甘やかすといいですよ♪」
「そうだな・・・って、まさかお前に恋愛で諭される日が来るとは・・・」
「ふふっ!今度は僕がゆーらくちょーを助ける番なんです」
「・・・お前には昔から助けられてるよ、新線?」












「おつかれさま、東上」

仕事が終わると有楽町は東上の宿舎を訪れていた。
いつもいるはずの越生は今日は本線へいったらしく、
今は有楽町と東上しかいない。
子供がいないからか、東上はいつもより多くビールをあけていた。

「・・・まさか有楽町に見られてたなんて・・・」

アルコールが入っているからか、
はたまた照れているからか、
東上は顔全体を赤く染めてつまみを口に運んでいた。

「なんで恥ずかしがってんだ?」
「・・・なんでって・・・、
 昨日は本線の奴らと一緒にするなって叫んだ手前、恥ずかしいだろ?」
「あー・・・」

そういうこと、と有楽町は苦笑した。
確かにそう思ってしまったのも事実だからだ。

「・・・本線とはさ」
「うん?」
「あいつ等とは仲が悪いわけじゃねーんだ・・・、良いわけでもないけど。
 なんていうか・・・、同じ東武だけどちょっと違うっていうか・・・、
 その・・・複雑っていうか・・・、素直になれないんだよな」
「そっか・・・・」
「でも子供同士は仲が良いし・・・、たまには一緒に遊ばせてーじゃん?
 一緒に寝かせたりとかさ・・・、
 ウチは狭いから全員は泊められねーけど・・・、遊んでやることは出来るから」
「だから年に数回、東上線側で遊ばせて、越生が向こうに泊るんだ?」

有楽町が相変らず苦笑を浮かべながら聞いてきた。
赤い顔で東上は小さく頷きながら、

「めんどくさいことしてるって思うだろ?」

と、いうので、有楽町は小さく頭を横に振る。

「いつもはさ・・・」

ビールの缶をテーブルに置き、東上は飲み口を指で突きつつ、
そしてお酒に酔っているにしても、それにしても?な位の赤い顔で、
ボソボソと喋り続けた。

「いつもは俺もアッチに泊るんだ。
 今日もそうしようと思ったんだけど、
 越生が・・・あと伊勢崎もだけど・・・、
 たまにはゆっくりしたらって・・・・」
「・・・ゆっくり?」

越生がいたって東上はゆっくりできてるだろうに、と、
首を傾げれば、東上は顔だけでなく耳まで真っ赤に染めていた。

「・・・だから・・・、有楽町・・と・・ゆっくり・・・」
「!」

東上の言葉に、有楽町も耳までボッと一瞬にして赤く染めてしまう。
別に知られて困る関係ではないが、
改めていわれると恥ずかしすぎるのだ。
でも据え膳喰わぬは・・・と言うし・・・、
有楽町はコホンと小さく咳払いをした後に、

「・・・いいの?」

と遠慮がちに聞いてみた。

東上は自分の宿舎でそういうコトをするのを嫌がる。
まぁ、越生がいるのだから当然だか、今日はその越生がいないのだ。

「わ、わるかったら・・・こんな恥ずかしいこと言うかよ!!」
「ははっ」

有楽町は東上の傍にゆっくり近寄ると、
そっと頬に手を添えた。
ゆっくり頬をなぞりながら、やがて指は顎に添えられる。
薄く開かれた東上の口からは美味しそうな赤い舌が見え、
有楽町はゆっくりと顔を近づけていく。
東上の目がだんだん閉じられていき、
完全に塞がったその時、二人の唇完全に重なりあい、
その勢いのまま身体もゆっくり重なり合うのだった。














硬い布団の上で東上を腕に抱きながら、
汗で額に張り付いた黒い髪を有楽町は弄っていた。
額だけでなく首も、腕も、体中がしっとりと汗ばんでいる。
明日も仕事だから身体に負担が残らないように東上を気絶させるまでには至らず、
東上もまた腕を伸ばして有楽町の髪の毛を弄っている。

そして何を思ったのか、フイに自分の足を有楽町の足に絡みつかせてきた。

「東上?」

誘われているかのようなその行動に有楽町は目を丸くした。
当の本人はうーん?となぜか気難しそうな顔で、有楽町は混乱し始める。

「お前ってさ・・・」
「え?」
「お前って足が冷たいのな?」
「え?そう?」
「ああ・・・、運動したばっかなのに足が冷たい・・・、隠れ冷え性か?」
「隠れ冷え性って・・・・」
「それとも毎日毎日、誰かの間に割ってはいってる苦労性だから血流が悪くなってんのか?」
「・・・や・・そんなことは・・・」

ないどおもうけど?と思うが口には出来なかった。
東上の足が何かの糸をもって怪しく絡まり始めたからだ。


「・・・っ・・・、とう・・じょ?」
「血流ってさ・・・、運動することで解消するよな?」
「それは・・・・」
「今夜は1回しかしてない・・・、俺、このままじゃ眠れねー」
「・・・東上、それって・・・」

誘ってるの?と耳元で囁けば、東上は小さくコクンと頷いた。
と、同時に身体に有楽町の重みを感じ、口は彼の唇で塞がれていた。
有楽町はキスをし、先ほどまでの情交で火照ったままの東上の身体を弄りながら、
脳裏に後輩の言葉が浮かんでいた。



『全部が全部理解できたら恋愛はつまりませんよ』


確かにそうだ。
新しい発見があるからこそ、ドキドキするし、楽しいし、より好きになる。
例えば今日のように以外に誘いベタで、だけどもエッチな東上とか・・・。

もっと東上のことを知りたいな、と、
彼の中を自身で穿ちながら、
願わくば、後輩の恋も上手く成就すればいい、と願うのだった。





まぁ、副都心は言葉で上手く丸め込んで手篭めにしていそうだけど・・・、
と、思ったけど、それ以上は考えず、
今は下で乱れている東上の口をもう一度深い口付けで塞いで、
東上のことだけを考えることに専念するのだった。


2011/8/16


ありがとうございました。 副都心×西武池袋もそのうちに書きたいと思っています。 今回のテーマは、恋愛は全部分かったらつまらないんだよ、です。 あまり反映されてませんが。 テロップの件はこの前、池袋に行った時に『ん?』と思ったんです。 たまたま、かもですが・・・。 おがわま痴漢、以上の衝撃でした(笑) あれーー??って。 戻る