グローバルな気持ちの続きのようなもの






〜keeping secret〜

「・・・げっ」

本人を目の前にして「げっ」はないだろが、思わず出てしまったんだから仕方ない。
「げっ」と言わせてしまうほど部屋の中の人物は胡散臭いのだ。

「『げっ』とは酷いですねぇ・・・」

休憩室で、まぁ彼一人だけしかいなくとも不思議ではないのだが、
彼一人だけ、というのがどうにも嫌だった。
出来ることなら立ち去りたい。
けれど有楽町とココで待ち合わせをしている手前でていくのも躊躇われる。
こんなことなら時間ギリギリで来ればよかったと激しく後悔しても後の祭りというものだ。

「先輩と待ち合わせですか?」
「・・・・そんなとこだ」

副都心線は開業前、覆面をしていたときから胡散臭くてなんとなく嫌だったが、
こうして覆面をとって目の前で話をしていてもそれは変わらなかった。
苦手だ、怖い、それが東上の彼に対する印象でイメージなのだ。

「先輩、今は飯田橋辺りだからもう少し時間がかかると思いますよ?」
「・・・・よく知ってんな」
「ええ、まぁ・・・・」

開業したばかりの時は時刻表を覚えるのが面倒くさいと言っては有楽町に怒られていたというのに、
今の副都心は有楽町線のダイヤをしっかり把握しているようだ。
しかもどこか挑発的な目で東上を見てきては胡散臭い笑顔で笑っている。
東上は鈍感だし、人付き合いが苦手だから相手の感情とかに鈍い部分があるが、
こうもあからさまだと流石に気がついている。
副都心は有楽町が好きなのだ。
だから彼と付き合っている自分が気に喰わなく、挑発的な態度をとってくる。

「まぁ、席は沢山空いてますし、座って待ってたらどうです?
 なんならお茶でも入れますよ?頂き物ですけど、FAUCHONの紅茶です」
「ふぉしょー???」

横文字はイマイチ聞き取りづらい。
キチンといえないでいると胡散臭い笑顔が小ばかにしたような顔になりフフっと笑われ、
東上はカチンッときたがここで言い争っても言いことはない。
相手はかなり年下だが、口では勝てない、そんな気がするのだ。

「東上さんは紅茶より緑茶が好きそうですよね。
 でも今は生憎切らしているんで紅茶で我慢してください」

副都心は席を立つと給湯室へ向っていく。
姿が見えなくなったことで東上は無意識に安堵と息をついた。
やはり副都心は苦手だった。
人見知りゆえか、彼の有楽町への気持ちのせいか、
どちらにせよもう少し時間がたてば、
彼とも他の路線のように程ほどにいい付き合いが出来るようになるのだろうか?
はぁ・・と重いため息をつき有楽町が早くこの場所に来てくれることを願っていたら、
コトッとティーカップが目の前に置かれた。

「お待たせしました」

ニコッと笑う副都心が淹れてくれた紅茶は、成る程いかにも高級そうな良い香が漂っていた。
いつも自分が飲んでいる安物のティーバックのものとは違うらしい。
JRもメトロもお金があってうらやましい限りだ、などと思いながら、
淹れてくれたのに一口も口を付けないのも悪い気がしてとり合えずカップを口に運んだ。

「・・・・!・・・うっ・・・」

けれど咽に流し込んだ途端、アルコールの味がしてゴホゴホッと咳き込んでしまった。
アルコールは苦手ではないが得意でもないし、
しかもまさか紅茶に入っているとは思わなくて咽てしまったのだ。

「おや、大丈夫ですか?」

咳き込む東上の背中を副都心が撫でて咽た苦しさを紛らわせようとしてくれた。
恋敵にそんなことをするなんて、見た目の胡散臭さは別としていいヤツなのかもしれない、
と思ったが、やはり副都心は副都心だった。
背中をさすりながら、

「香付けにブランデーを垂らしたんですが、ひょっとして苦手でした?
 あー・・・、そうか。あなた方は生活が苦しいから紅茶にブランデーなんてしませんよね。
 失礼しました!」

と、いつものなんとも言えない笑みを浮かべながら辛らつに嫌味を言うのだった。
馬鹿にされた・・・、東上は咽たおかげで涙の浮かんでいる目で副都心を睨みあげた。

「・・・てめぇ・・・」

思いっきりすごんで見せても涙を浮かべたウルウルお目々では迫力もない。

「フフ・・・・」

副都心は東上から紅茶のカップを取り上げテーブルに置くと、
再びなんともいえない、読めない笑顔を浮かべつつ顎に手をかけてきた。

「ダメですよ、東上さん」
「・・・っ、・・にが・・だよ!?・・・げほっ・・・」
「折角おさえていたのにご自分から墓穴を掘っちゃダメでしょう?」
「・・・???何の・・はなし・・だよ!?」

咽た後遺症か、東上は途切れ途切れにしか話せない。

「そんな潤んだ目で見られたら我慢できない。
 うーん・・・困った・・・、有楽町先輩を裏切ることになる」
「はぁ!?だから・・・、何の、話だ!?」
「東上さん、先輩のこと好きです?」

ストレートな聞き方に東上は一気に顔から首までを真っ赤に染めた。
そんなことを聞くということはコレはいよいよライバル宣言か?
と心を構えていたら、予想とは全く違う展開になっていった。
東上は顔を染めたと同時に顎に当てられたままだった手に力がこめられ、
痛いと叫ぶ間もなく、叫ぶはずだった口が塞がれていたからだ。

「・・・・な・・・ん・・・・んん・・・???」

知っていた有楽町のキスとは大分違うキスだった。
有楽町は最初はフレンチなキスをして、
東上が慣れてきた頃にディープなキスに変えてくるのだ。
けれど副都心は最初から濃厚で、
僅から口の隙間から強引に舌を差し込んできては、
驚きで無防備な東上の口の中を好き勝手に犯していった。
逃れようと頭を振っても顎を掴む力に阻まれ出来ないし、
ならばと身体を捩ろうとすれば座っている椅子の背もたれが邪魔をして動けない。
有楽町もそうだが、副都心は彼より体格が良いので、
こうして押さえ込まれてしまうと東上は逃げ道を失ってしまうのだ。
逃げられない、押さえ込んでいた副都心が東上が怯えて震えいるのを悟ると、
濡れた音を立ててようやっと唇を離してくれた。

「・・・・ふ・・は・・・」

キスを終えて改めて東上線の顔を覗き込んでみたら目は相変らず潤んでいた。
けれど潤んだ瞳の置くには怒りが見え隠れしていて、
息が整うと東上はキッと睨んで副都心のネクタイを掴み締め上げる。

「うわっ!!と、東上さん!!苦しいですよ!!」
「うるさい!!少しくらい苦しいのが何だ!?今のは何の真似だ!?」
「・・・・何のまね、と言われましてもキスをしました、としか言えませんよ?」
「んなこたされた俺が一番わかってる!そうじゃなくて!キスをしてきた理由だ!」

ネクタイを掴む東上の腕は細かく震えている。
いきがっているが本音は怖かったのだろう。
有楽町は優しい性質で、あんなに強引にキスをしたりはしないだろうから、
東上の怯えは目に見て明らかだ。

「お前!有楽町が好きなんだろ!?」

小刻みに震えながら必死に吠えている。
小型犬が大型犬に向って吠えているようだ。
まぁ、どちらかといえば野良猫が大型犬に、という方があっているかもしれない。
そんなことを考えながら副都心は東上の問いに、シレッとした顔で答えた。

「ええ、そうですよ。僕は先輩が好きです」
「!!!・・・っ、だったら!だったらなんで俺に・・・・」
「・・・・ああ、それはですねぇ・・・」

副都心はネクタイを掴む腕を掴み引っ張ると東上を腕の中に引き寄せた。
怯えているからか、怒鳴って興奮しているからか、
東上の心音の速さが伝わってくる。
有楽町が好き、でも東上のことも好き、と彼に伝えたらどんな顔をするのか、
副都心は楽しくて仕方なかった。
でもそれを伝えるのは早いとも思うのだ。
副都心は有楽町の困った顔も好きだが、
東上の不安に満ちた顔を見るのも好きなのだ。
そう、そのためにはもう少しの間だけこの気持ちは伝えない方がいい。
だから副都心は胡散臭い笑みを浮かべ、あくまでライバルとしての立場でモノを言った。

「有楽町先輩が味わっている唇の味を知りたかったんですよ。
 好きな人の好みは知っておきたいでしょう?」
「・・・・・!!!て・・てめぇ・・・」
「なかなか美味しい唇でしたよ?ごちそうさまでした」
「!!!!!!、っ」
「・・・・美味しかったからもう一度、味わっておくのも良いかもしれませんねー」
「・・・は?・・・え・・・、っ!!!」

抱きしめられているのでさっきより身動きが出来なかった。
後ろ頭を手で支えられ、近づいてくる顔を逸らすことも出来ない。
どうしよう、困った・・・と青い顔で目を瞑った、その時だった。

「副都心!!!!」

気持いいくらい大きなペシンッという音とともに東上は拘束する腕から逃れられ、
そのまま力なく床にへたり込んでしまう。
見れば息を切らせた有楽町が丸めたポスターのようなもので副都心の頭を殴ったらしい。

「痛っ」
「東上!大丈夫か!?」
「・・・ゆうらくちょー・・・?」

へたり込んだ東上の傍によると、屈みこんで心配そうに様子を伺ってくれる様子に、
東上は安心したように息を吐いて小さく縦に頷いた。

「・・・・大丈夫だ・・・、サンキュー」

青い顔であったけれども、一応東上が笑いながら答えてくれたので有楽町もホッとする。
そして頭を叩いたせいで痛がっている後輩をギロッと睨むのだった。

「ふーくーとーしーん???」

ニッコリ笑って、けれどもコメカミには珍しく青筋が立っている。
そんな先輩の態度にも副都心はいつもの読めない顔で迎え撃つ。

「あはっ☆せんぱい、オカエリナサイ!」
「『あはっ』っじゃない!お前なぁ、あれほど・・・!」
「あれほど、なんです??僕はしばらくの間は確かに大人しくしてましたよ?
 でももうしばらく、は経ちましたしねぇ・・・・」
「屁理屈こくな!!もー!いいから出て行け!」
「出て行けって・・・、ここは僕の休憩室でもあるんですが?」
「いいから出て行け!」

普段は温和な先輩が頑なに『出て行け』とはさしもの副都心も折れるしかない。
やれやれ、と肩を竦めて出て行こうとするが、ただで引き下がらないのが副都心だ。
東上を立たせて椅子に座らせようとしている有楽町に近づくと、肩に手を置き名前を呼んだ。

「・・・・先輩」
「え?・・・・んむ???」

振り向き際、唇が柔らかいものに塞がれる。
副都心の唇だ、と思ったときには舌が差し込まれ一瞬だけ舌をからめとられる、が、
すぐに唇は離れていった。

「・・・・っ、な・・なななにするんだ!!」
「フフ・・おすそ分けです、僕は有楽町が好きですからね、分けてあげます」
「おすそ分けって・・・、ちょ、副都心!?」
「お邪魔虫は立ち去りますよ、今回は、ね。」

有楽町の静止を聞こえないかのように休憩室を後にする副都心。
ボーゼンとする有楽町よりさらにボーゼンとしている東上に気がつき、
慌てて有楽町は声をかけた。

「と、東上」
「へ?」
「い、いまの・・・その・・キスなんだけど・・その・・・」
「おすそ分けのキスか?」
「そ、そう!!おすそ分けの意味がよく分からないけど!
 俺が好きなのはお前だから!浮気じゃないぞ??」

避けられなかったのは不意打ちだから、と弁解する有楽町に、
東上は俯きながら口を開く。

「・・・俺も浮気じゃない」

小さな声だったけれども他に誰もいない休憩室では十分だった。
有楽町は「え?」と首を傾げ、続けて「どういうこと?」と聞いた。
だから東上も有楽町が来るまでの出来事を包み隠さず話すのだった。
話すにつれ有楽町の顔はとてもこわいのものに変わっていて、
話を終えるころにはまだ椅子に座っていなかった東上をテーブルの上に押し倒していた。

「いて!!ゆうら・・・・んぅ」

怖い表情とは違い軽く啄ばむような優しいキス。
何度もされて、体から力が抜けたら優しく舌が入り込んできた。
副都心とは違う優しいキス。
東上はやっぱりこういうキスが好きだった。
長いキスを終え、吐息がかかるほどの距離で顔を離した有楽町が、
小さくゴメンと謝ってきたので、東上は頭を左右に振った。

「頭に血が上った・・・。ったく副都心め・・・・」
「アイツ、お前が好きなんだよ。だから俺に嫌がらせしたんだろうな」

それがキスだなんて変わったやつだよな!と笑う東上に対し、
副都心の気持ち、つまり有楽町も東上も好き、というのを知っている有楽町は複雑だった。

「・・・いや、それだけじゃないんだけど・・・・はぁ・・」
「それだけじゃないって・・・どういうことだ??」
「うん・・・いや、東上は気にしなくていいよ・・・・」
「・・?ゆうら・・・っ!!」

東上にとってはまだ話が終わってないのに、
有楽町は終わりとばかりに首筋に歯を立ててきた。
真面目で自制心が強い彼だが、時々こうした大胆な行動に出るのは普段の反動だろうか?
東上が身を捩ると、

「だめ?」

と悲しそうに聞いてくるので、東上は言葉に詰まってしまう。
こういうときの有楽町はずるいと思う。
東上が拒めないのを知っていてやっているのだから。

「・・・ここ、メトロの休憩室だぞ?」
「ああ、そうだった・・・でも、まぁ・・いいんじゃないか、たまには」
「お前、怒られねーのかよ?」
「大丈夫だろ、多分ね」
「多分かよ!」
「じゃあ、きっと」
「どこにそんな保障が・・・」

身を捩る東上に諦めが悪いなぁ、と苦笑しつつ手を動かす。
東上の弱い耳朶を甘く噛みながら、

「だって俺、普段真面目だから。たまには大丈夫だよ」

と最もらしい理由で最終的には東上を観念させることに成功する。
自分でもがっついているとは思うが、副都心に触れられたかと思うと一刻も早く欲しいのだ。
東上も東上でまだ震えが収まらない身体を抱きしめて欲しかったので、
唇にキスを落としてくる有楽町の身体に腕をまわし、身を委ねるのだった。




















・・・・・そしてその日の夜。

「せーんぱい!」
「・・・・・!副都心!」
「あのあとのエッチは燃えましたかー?」
「ぶっ」
「燃えましたよね?だって池袋の休憩室の机、なんだかすごいピカピカ・・もごごご」

有楽町はあわててKYな後輩の口を己の手で塞いで言葉を奪った。
はぁはぁ、と息を荒くする有楽町に対し、
副都心は楽しげな顔をしている。
口を塞がれているのにおかしなヤツだと思った瞬間、
ネロッとした感触が手の指を遅い、有楽町は慌てて手を放す。

「うわぁぁぁぁ!」
「ハハ☆先輩ってば可愛い!」
「副都心!」

人の指を舐めるなんて・・・とキツク睨んでいるのに副都心はまるで堪えていない。
それどころか・・・・・。


「東上さんは思ったより小さくて抱き心地が良かったです」
「!!おい!副都心!」
「でも僕は先輩位の身体でも十分に欲情するんで安心してください☆」
「はぁ?」

読めない目をした副都心はジリジリと有楽町に近寄りながらどんどんとんでもない言葉を発している。
そして有楽町を壁際に追い詰めると腰に腕をまわして閉じ込めた。

「・・・・・(なんだか貞操の危機を感じる)」

ゴクンッと唾を飲み込み後輩を見上げれば彼は今まで見たことがないくらい楽しげだ。

「あのあと、ずっと扉の向こうで聞いてたんですが」
「・・・・っ!!!」

何を、とは聞くまでもない。
自分と東上の・・・その、情事だろう。

「先輩が東上さんにエロイ言葉を言わせる変態さんということが分かりました」
「・・・!!う、うるさいな!!」
「ま、それは男なら誰しもがそうでしょうから気にする必要はないですよ☆
 で、聞いてて思ったんですけど・・・・・」
「・・・ああ」
「東上さん、途中がすごく苦しげだったんですよね〜。
 やはり男同士って色々大変なんですか?」
「・・・っ、知るか!」

確かに、どんなに回数を重ねても一つになる瞬間の苦痛は避けられないだろう。
だからと言ってそんなことを目の前の後輩に教える義理もない。

「だから僕、思ったんです」
「・・・・・?」
「なれないうちは東上さんよりも体格のいい先輩で経験値をつんだ方がいいんじゃないかって」
「・・・・は?」
「だから有楽町、僕と・・・・」
「・・・・・!!!」

ヌッと伸びてきた手を死に物狂いで払いのけ、
有楽町は壁と後輩の間から何とか抜け出ることに成功した。
貞操の危機は気のせいではなく本物だったのだ。
冗談じゃない、と思った。
まったく迷惑な想いだ。
一夫多妻制を本気で実現するつもりでいるのだろうか?
これからは気をつけなければならない。
おそらく、副都心が本気で迫ってきたら自分では適わない。
東上だって喧嘩は強いけれど自分が本気で押さえ込めばウエイトの差で多分有楽町には勝てないから、
副都心に迫られたら絶対に勝てないだろう。
・・・・東上にも注意しておかなければ。
有楽町は自分の部屋につくと、鍵をしっかりと閉め大きく息を吐いた。
これからの前途多難な時間を思うと胃が痛む。
今日は風呂に入って寝てしまおう、と痛む胃を押さえてバスルームに向うのだった。



一方の副都心は有楽町が逃げた方向を見ながら不適な笑顔を浮かべていた。
そして有楽町の心配どおり、

「先輩が逃げるなら押さえ込みやすい東上さんから食べちゃいますよ?」

と不吉なことを言っているのだった。


2010/9/20


ありがとうございました。 有楽町×東上←副都心な話の続き。 3Pは難しいから書かないけど、ちょっかいを出す副都心の話は楽しいので好きです。 戻る