ヒステリーの理由の続き・・・?



〜Jealousy〜

「おい、地下鉄!」

池袋駅でメトロやJRの面々と雑談をし、ひと笑いした後に、
自分の路線の改札口に向っている途中で不機嫌そうな声に引き止められた。
クルリ、と振り返れば不機嫌なオーラを漂わせている東上線がそこにはいた。

「(・・・なんかいつにもまして機嫌が悪いな・・・)」

どうしたのだろう?なにかしたかな?と、
引きつった笑顔を浮かべて「何?」と返事をすれば相手は益々不機嫌そうな顔になった。

「(ひぇぇぇっ!お、俺なにかした???)」

そういえば「メトロ」ではなく「営団の有楽町」と呼ばれることはあるけど、
今は「有楽町」でも「営団」でもなく「地下鉄」と呼ばれた。
その呼び方の変化が彼の怒りを表しているようでなお更怖い。

ああ、東上線は扱いにくい。
また、本線で会議でもあったのかな?
このまえ聞いた理由で彼が不機嫌になる理由は分かったし、
納得も出来たけれど自分を当たり所にするのは勘弁して欲しい、
などと有楽町が考えていると東上は自分の唇を噛みしめてブルブル震えている。

「(・・・そんなに噛んだら血が出るぞ〜??)」

と、心の中で思うが口には出さない。
なぜなら言ったら最後、ますますご機嫌をそこね手や足が飛んできかねない。
まぁ、有楽町が本気を出せば押さえ込むことは可能だろうが、
押さえ込んだら「直通取り消しだ!」と叫ばれかねない。
直通取り消しはありえないだろうが、そのあと宥めるのが面倒なのであえて言わない。

「・・・・ふん!」
「(ふん!って・・・・ああ、胃が痛い)あ、あの・・?」

冷や汗を垂らしながら相変らず引きつった笑顔でいれば、
東上の顔はより一層、ますます不機嫌さを増していく。
けれど理由を教えてくれないので有楽町にはどうしようも出来ないのが現実で。
ここはとりあえず自分から話題をふってみよう!と有楽町は自分なりに頑張ってみることにした。

「・・・あ、そういえばさ」
「・・・・・ああ」

小さいけれども一応の返事にホッとする内心を隠しつつ、
有楽町は引きつった笑顔から営業スマイルを浮かべ話を続けようと口を開いたが、
すると何故か東上の眉間に皺が1本増えたので「えぇぇぇ!?」と思うが、
あえて表情には出さず喋り続けるのだった。

「さっき俺のこと、『地下鉄』って呼んだだろ?何で?
 いつもは営団って呼ぶのに・・・・・」
「・・・・・・」
「東上?」

何も答えない東上を上から覗き込むように様子を伺えば、
同じように上を見上げた東上と視線がかち合い有楽町は思わず1歩後ろに下がってしまう。
見上げてきた東上の顔から「怒り」が消えていて、
それでもいつもの無表情でもなくほんのり頬が桜色だったから驚いたのだ。

「(え?何々??何事???)・・・あの?」
「だってお前・・・・−−−−−、なんだろ?」
「は?」

だってお前、の後が小さすぎて聞こえなかったので耳を近づけてもう一度尋ねる。
すると東上の吐息が耳に直接聞こえてきて、
何故かドクンと大きく脈づく有楽町の心臓。

「(あれ??なんだろう、これ??)東上、もう一回言ってくれない?」
「だから、・・・お前・・・・」
「うん?」

言いにくいことなのだろうか?
こんなに耳を近づけているというのに東上の声は微かにしか聞こえてこない。
けれど何かを決意したらしい東上は一度大きく息を吸い込むと、
今度は大きな声で喋りだした。


「お前は、メトロって呼ばれるより地下鉄って呼ばれるほうが好きなんだろ!」
「・・・・・はぁ?」


けれど予想とは別に聞こえてきた言葉は何ともいえないものだった。
唖然としながら東上の口元から耳を離すと、目をパチクリさせて改めて彼を見下ろす。
東上は何故か顔中が真っ赤で、恥ずかしそうに目線を有楽町からそらしている。

「だってお前、駅の名前も『メトロ成増』じゃなくて『地下鉄成増』じゃねーか?
 乗り換え案内も『地下鉄有楽町線ご利用の方は』だし」
「・・・・・!そ、そうだけど・・・」
「てことは地下鉄って呼び方が好きなんだろ?」
「いや・・・(それは利用者に分かりやすくする為だと思うんだけど)」
「・・・・違うのかよ?」
「うーん?」

何でそんな考えに至るんだ?と腕を組んで首を傾げてしまった。
するとなぜか悲しげな東上を目の辺りにしてしまう。
今の会話のドコにそんな要素があっただろうか?

「(あ、的外れで悔しかったとか?)」

そうだとしたらこの扱いにくい路線も可愛いところがあるものだ、
と有楽町はフフッと笑ったとき、東上はまたまた顔を真っ赤に染めた。

「(あれ?赤くなった?)」

今日は良く赤くなるな、と、危ないと分かりつつからかおうとした時、
東上が先に口を開いた。


「・・・何だ・・・、俺の勘違いか。そっかぁ・・・」
「東上?」

赤い顔で、聞こえないくないの声でボソボソひとり言を言う東上。
彼がひとり言を呟くことはそう珍しくないので、今更慣れっこだが、
この状況だとなんだか落ち着かない有楽町。
胸がドキドキしてなんだか呼吸が苦しい、そんな感じだ。



『お前って自分のことには不器用なんだなー』



何故か、以前に武蔵野に言われた言葉が急に脳裏を過ぎった。



「(あれって本当、どういう意味だったんだろう??不器用??
 鈍いって事だよな??鈍い??俺が??何に??)」
「有楽町?」
「・・・・・」
「地下鉄有楽町!」
「え?・・・うわっ!!って、あ、はい!?」

しかめっ面を珍しく浮かべながら、うーんうーん、と唸っていたからか、
東上の呼びかけに気づかなかった。
いつの間にかすごい距離に接近していた彼に、
もう一度名前を呼ばれて有楽町は情けなくも腰が抜けそうになってしまった。

「・・・・!ぶっ」

そんなに驚いたのだろうか?
間抜けな顔でほけぇ・・となっている有楽町に東上は噴出してしまった。
当然だが「噴出す」なんてことはないに等しい相手であるので、
有楽町は変な顔でおどおどすることしか出来ない。

「なんだよ、有楽町じゃなくて地下鉄有楽町で返事するなんてやっぱ好きなんだろ?」
「えぇっ!・・・・そういうわけじゃないんだけど・・・」

そうではないんだけど説明しても信じてもらえないだろうな、
と内心苦笑しながら諦める有楽町。
なぜなら赤くなる東上や噴出す東上と、珍しいものを見ることが出来たので、
内心はとても得した気分であったからかもしれない。

「まぁ、なんにせよ良かった」

噴出した気分が消えないのか、東上がニッコリと笑顔を浮かべている。
今日は本当に色々な顔が見れるな、と、つられ笑いを浮かべた有楽町は、

「何が良かったんだ?」

と、いつもなら躊躇いがちになってしまう質問が自然に聞けていた。

「だって誕生日くらい好きな名前で呼ばれたいだろ?」
「へ?・・・誕生日??」
「今日だろ、お前の誕生日」
「・・・まぁそうだけど・・・」

実はさっきもそのことで他のメトロやJRと話をしていたのだ。
それにまがりなりにも自分の誕生日を忘れてしまうほど耄碌もしていない。

「・・・東上が覚えててくれたなんて意外だ」

感心80%、驚き20%といった感じで有楽町はポロリと失言を言ってしまい、
慌てて自分の口を手で押さえるが、
東上はたいして気分を害した様子もなく、
今度はなんと困ったような笑顔を浮かべていたので、
有楽町の心は驚きで全てを閉めてしまった。
当然、顔に出ていたらしく東上は今度は拗ねた顔をして見せた。

「(えぇぇぇっ!今度は拗ねてるんですけど??
 なんだか今日は百面相が見れているような・・・、どうしたんだ??)」
「ま、・・・俺なんかに祝われても迷惑なだけだよな」
「・・・へ?」
「だってお前、すんごい驚いているし?」
「(・・・お前の百面相を見たからだよ、とは言えないな)」
「お前には祝ってくれる仲間も沢山いるもんな〜。
 うん、そうだよな!」
「あ、あの・・・・?」

有楽町の返事も聞かないまま、自分自身を納得させるように、うんうん、と頷くと、
東上は最後に小さな声で「とにかくおめでとう」と言った後、
クルリと背を向けて東武の池袋改札へと歩き出した。
なので有楽町は慌てた。
なぜならまだお礼を言っていないからだ。

「待って!東上!!」
「・・・・?ん?」

クルリと向けた背を再び有楽町へを向きなおすと、
すでに無表情になった東上が小さく首を傾げた。

「(あ、可愛い・・。!!って違う!!)あ、あのさ!!」
「うん?」
「その、あ、ありがとう!その・・・、おめでとうって言ってくれて!」

東上との距離を詰めて、頭をかきながら照れ笑いをうかべつつお礼を述べる。
すると東上の顔には何度目かの火がつき、
恥ずかしいのかプイッと顔を背けながら「おお」と返事を返してくれた。
そして、今日の東上は素直だ、と確信しつつあった有楽町は、
先ほどから感じていた疑問を折角なので聞いてみることにした。

「あのさ、一つだけ聞いていい?」
「?別にいいけど・・・・」

何を聞かれるのか?と急に神妙の面持ちの東上に、
あー、もう可愛いな、と何故か感じながら、
有楽町は「うん、あのさ」と一つ頷いて言葉にした。

「最初に俺に声をかけてくれたときさ、すごく不機嫌そうだっただろ?
 あれ、どうしてなんだ??誕生日のお祝いを言おうとして俺に声かけてきた訳だろ?」
「・・・・!!そ、それは・・・・っ」
「???」

何か余程都合の悪いことなのだろうか?
青い顔になった東上は言いあぐねている。
けれど有楽町としてはどうしても気になるので、
今日は自分の誕生日、つまり自分は王様だ、
とばかりに意地の悪い笑顔を浮かべ東上に詰め寄った。

「東上、俺は今日、誕生日だ」
「・・・・ぅ、ああ・・・知ってる」
「なら一個くらい願いを叶えてくれてもいいよな?」
「・・・・うぅ・・・」
「俺の今の一番の願いは東上が不機嫌だった理由!
 ・・・・なぁ?教えてよ」
「・・・・、っ・・・・、!!!!」

東上は青くなったり、赤くなったり、時には泣きそうになったりと色々な顔をしている。
そんなに返答に困ってしまうとは一体どんな理由なのだろう?と、
有楽町がますます興味を持つのも不思議ではない。
ならば、と、不自然なくらいの営業スマイルを浮かべて更に東上に詰め寄った。

「・・・・と・う・じょ・う?」

殊更ゆっくり彼の名前を呼ぶ。
すると観念したのか、東上は自分のつなぎの裾を握り締め、
さらには目に涙を溜めながら、

「うう〜!!あーーー!!わかったよ!!
 不機嫌だった理由は!
 お前が他のメトロやJRと笑いながら話していたからだ!!
 理由はわかんねーけど!ムカついたんだよ!!
 それにお前はお前で俺とあいつらに対する態度がまったくち違うし!以上だ!!」

と、一気に叫び、脱兎の如く東上線の池袋駅改札の中へ入って行ってしまった。
残された有楽町はポカーン・・と、しながら徐々に顔が熱くなっていくのが自分でも分かった。

「・・・なんだよ、それ・・・」

小さく呟く声は駅の利用客にかき消され、有楽町自身の耳にも微かにしか聞こえない。

「・・・うわっ、あれは反則だろ?」

つまり東上は焼餅を焼いていたということだろうか?
メトロやJRと談笑していたのに、
東上には引きつった笑顔を浮かべたから気に喰わなかったのだろうか?
有楽町のことを毛嫌いしているように見えて実は違っていたのだろうか?
まぁ、そうでなければ誕生日など覚えてはいないだろうが・・・・。
有楽町はまだまだ熱くなっている顔をパンッと両手で叩き、気合を入れなおす。
まだ仕事が残っている。
腑抜けている場合ではない。
けどにやける顔を止める術は今のところなくて・・・・。

「本当、可愛いところもあるじゃん、東上」

いつもそうならいいのに、と心で呟きながら、
これならこの先も良い関係で仕事が出来そうだ、
と、軽い足取りで自分の駅の改札へと向うのだった。



有難う御座いました。 この時の有楽町はまだ自分の気持ちにも気がついていないし、 東上も自分の気持ちに気がついていません。 今回の出来事を有楽町が武蔵野に話したときに、 「やっぱお前は自分のことに不器用だわ」と言われ「???」になるんですよ、きっと☆ ま、誕生日には少し遅くなりましたが、おめでとうってことで!! 2010/11/3 戻る