テンリーの部類に入っていますが、「テンネジ・忍犬リーくん」の話になっています。
「忍犬リーって何?」な方は、
一匹分の幸福1. 2.(忍犬リー)
届かない(テンテン・リー)
を読んでいただければ幸いです。

以上を踏まえて、「読んでやるか」という人は下へ・・・。






「……ねえ、ネジ。やっぱり、最近、リーおかしいよね?」
朝食を終えて、今月の任務表を見ながら自分で入れた茶をすすっていると、テンテンが心配そうな顔で聞いてきた。
おれは軽く眉をしかめて、食卓を挟んで向かいに座っているテンテンを見た。肝心のリーは、おれ達の寝室にある自分の寝床だ。
確かに、最近リーは妙だった。いつもならば、おれやテンテンが帰ってくると、嬉しそうに飛びついてくると言うのに、それが無い。二ヶ月ほど前から部屋の隅で顔を頻繁にこすっていることに気づいたが、最近では自分の寝床で、小刻みに震えながら妙な鳴き声を出す方が多かった。
「おれもそう思っていたが、かと言って、病気でも無さそうだがな……?」
「触ろうとすると怒るんだもん。でも、あんな状態でしょ? 無理矢理にでも獣医さんに診せに行ったほうがいいかな、って……」
リーはおれ達が飼っている犬だ。まだ仔犬と言っていいくらいの大きさで、体毛は全て黒。ピンと張った耳に、短いなりにきちんと感情を表現する尻尾。丸く大きな目を持ち、性格は温厚だが負けず嫌いで(色々な遊びをして分かったことだが)、リーを連れて来た人間とそっくりだ。
「まあ、飯はきちんと食べているようだし、もうすぐ動物病院の定期健診なんだろう? それまで待ってみたらどうだ?」
「……そう?」
テンテンは下ろした髪をいじくりながら、唇を噛んだ。
おれはため息をつきながら、立ち上がった。今度はテンテンが怪訝な表情でおれを見上げた。
「少し、見てみるか……」
「あ、あたしも行く」
居間を出て、数メートル歩くと寝室だ。扉を開けると、まずはおれ達の寝台が目に入る。その目を奥へやるとリーの寝床が(単に使い古しの子供用の布団だが)、窓と接して置いてある。
リーはいまだ、小刻みに震えて、妙な声を出している。おれ達が部屋に入ってきたことにも気づいていないようだ。
「リー? 平気?」
テンテンが脇をすり抜けて、リーの元へ。若干の距離を置いて、座り込んでいるテンテンの肩越しに様子を探る。
苦しそうというよりも、痒いように、リーは前足で口元をこすっている。わふわふ、と呼吸にも聞こえる鳴き声。
「大丈夫? リー?」
手がそっと体に触れて、ようやくテンテンとおれが側にいるということに気づいたらしい。
「うう……」
これは唸り声。リーが体を起こして、おれ達に向き直る。
歯をむき出している様は、威嚇しているように見えたが、大きな丸い目は泣きそうに歪んでいる。
「どうしたの、リー? 苦しいの?」
なおも、テンテンは話しかける。
「うう、わぐ……」
リーの口の端から。よだれが一筋流れ落ちた。それを前足で乱暴に拭い、きっぱりとした表情で、リーはテンテンとおれを見据え、
「わ、がふ、い? ……てぃ……、てん、てん…………。わふ……」
一瞬、空から声が降ってきたように思えて、天井を見上げてしまった。視線を戻すと、テンテンも天井を見て、すぐに視線を下に、リーに戻した。
「ううううう……、てぇん、てん……! ごほごほごほ!!」
咳き込む音さえも、人間と同じだった。声は紛れも無く、そこから、リーの喉から発せられていた。
「……喋った……!」
二人同時に言った。不本意ながら、おれも驚いていた。
リーは役目をまっとうしたかのごとく、笑ったように目を細めて、横に倒れた。
そのまま、動かなくなった。

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