宿舎の部屋は、寝台と小さな机と椅子、木で出来た背の低い洋服箪笥が置いてあるだけの、簡素なところだ。
しかし、他に泊まっている者がいないのか、いつも静かで、窓の外から聞こえてくる里の生活音が良く聞こえる。
こまりは廊下にある洗面台で顔を洗い、タオルで拭くと、目の前の鏡に映る自分を見た。
緑色にも見える黒の髪、はっきりと弧を描く太い眉、丸みのある頬、そして、誰もが大きいと称する二つの丸い目。数回、瞬きをして、またじっくりと顔を見る。
(本当に、リーさんにそっくり)
こまりは、いつも送り迎えをしてくれる青年を思い出して、ぷ、と噴き出した。
この里に来てから、誰もが自分の顔をじっくりと見て、思い出し笑いをした。不愉快ではなかったが、誰も理由を話してくれなかったので、なにかと気遣ってくれる看護士に、聞いてみた。
「ああ、こまりちゃんにそっくりな男の子がいるんだよ、この里に。本当にそっくりだもん。今度、彼が診察に来た時に見てみるといいよ」
そして、彼に会った時は本当に驚いた。自分が男だったら、こんな風になるのか、と妙な感心もしてしまった。
ロック・リーと名乗った青年は、押し切られるようにツナデに自分の世話をすることを命じられ、まったく迷惑そうでもなく、任務をこなしてくれている。
こまりは、彼の明るい笑顔と、青空のような爽やかな声を思い出して、少しだけ顔を赤くした。
洗面台の脇に置かれていた桃色の髪留めに手を伸ばす。そういえば、リーはこの髪留めを不思議そうな目でいつも見ている。
(あ、もうそろそろ行かないと・・・)
朝食は木ノ葉病院で他の看護士と一緒に食べることにしているので、こまりは身支度を素早く整えて、宿舎の玄関へと向かう。
「いってらっしゃい」
玄関脇の宿直室にいた忍びであろう男が、顔を出して言った。宿舎には、毎日別の人間が管理のために寝泊りしているようだ。
「行ってきます」
こまりが笑って言うと、男も笑って、
「彼、もう来てるよ」
玄関の外を指差した。ガラス張りの扉に、すでに見慣れてしまった丸い頭と、緑色の服の青年が立っているのが見える。 こまりは頷き、扉を開けた。
「おはようございます、リーさん」
「おはようございます、こまりさん」
振り返ったリーは笑って、行きましょうか、とこまりを促す。
仲良く肩を並べて歩いていく二人を、宿直の男は無言で見送っていた。

その数時間後。
「いい天気ですねぇ・・・」
リーは、川原の土手に仰向けに寝転び、真っ青な空をのん気に眺めていた。
(こまりさんの勤務が終わるまで・・・、あと六時間ですか・・・)
今は正午を回ったばかり。太陽はちょうど、空の真ん中で微笑んでいる。
ほわ、と青年はあくびをした。のん気そのものである。
(それにしても・・・)
リーは目を開けて、目に映る白い雲を見ながら思った。
(こんなにのんびりとした任務は初めてです)

もう先週のことになってしまう。
ツナデが冗談のようで、本気に言い放ったこと。
「この子が里に滞在中、身の回りの世話をしてやれ!」
それは本当に、正式な任務として勤務表に書かれ、火影の判が押されて庶務課に丁重に保管されている。もちろん、任務代は週一回、きちんと振り込まれている。こんな簡単な任務にしては、かなり良い任務代だが、そこにツナデの、
「彼女に妙なことをするなよ」
という意図が組み込まれているようで、なんだか信用されていないだろうか、と落ち込むこともあるが、生活にはまったく困らない。
任務以外は好きに行動をしてもいい、と言われているので、彼女の送り迎えをする他には、リーは完全に自由の身だった。
青年は、毎朝、彼女を宿舎に迎えに行き、毎夕、彼女を宿舎に送って行く。これを繰り返す日々であった。
他の忍びは、火影の容赦ない任務言い渡しに、文句を垂れながらもきちんと里の外へ出ている。師匠のマイト・ガイも里には居ず、ネジやテンテンの任務はどうなっているのか、今は把握していない。
そして、晴天が続く毎日の中、リーはほとんど惰眠(だみん)を貪っていた。
無論、こまりを安全に送り迎えすることは徹底しているが、今のところ、強盗に遭遇するとか、潜入している他国の忍びと遭遇することは無かった。いや、無いほうが良いのだが。
(体がなまってしまいます・・・)
りーは思い、ふと、頭の後ろで組んでいた右腕を、おもむろに引き出した。
すでに包帯は取れて、こまりが流し込んでくれるチャクラの量も少なくなっていた。傷口も筋肉の盛り上がりを残して綺麗になってきている。だが、彼女は丁寧に丁寧に、傷を治していきましょう、と笑った。そのほうが、傷も目立たなくなるそうだ。
こまりが見せる微笑みと彼女が定期的に行ってくれるチャクラ治療、彼女が治療をする時に少しだけ頭を下げると見える桃色の髪留めを思い出して、顔がほんのりと赤くなるのを感じた。慌てて飛び起き、首を横にぶんぶんと振った。
「はあ・・・」
リーは退屈だ、という意味の溜め息を意図的に吐き出した。
(お腹が空いてきましたね。お昼にしましょうか)
青年は立ち上がり、尻をはたいて草を落し歩き出す。
太陽は、相変わらず空のてっぺんで微笑んでいた。



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