「我愛羅! 我愛羅!」
「なんなんだよ、恥ずかしいじゃん」
「カンクロウじゃない。我愛羅を探してるんだ」
「だからって、そんなに名前を連呼するなよ。かわいそうじゃん、我愛羅が。・・・それに、あいつなら朝早く出かけたよ」
「出かけた? どこに。すぐにこの書類にハンコを押さないといけないのに」
「場所までは知らねぇじゃん。ハンコなんて、テマリが押しても変わらないと思うけど?」
「・・・・・・そりゃ、そうだけど・・・」
「ああ、でも、あいつが不意にいなくなるのは決まってるじゃんよ」
「なんだ」
「だって、今日は砂と木ノ葉の定例宴会の日じゃん。あいつが来てるんだよ」
テマリは、その言葉を最後まで聞かず、苛立たしげにドアを開けて出て行った。
「・・・まったく、テマリの過保護にも困ったものじゃん」
残されたカンクロウは、机に残された書類をつまみ上げると、自分で判を押して総務課に持って行った。

テマリは頭から湯気を出さん勢いで砂の里を大またに歩いていた。その着物の裾から見える太ももは艶かしく、男たちを振り返らせるのだが、あいにくとテマリの辞書に色気などというものは無い。
光を強く反射する瞳と整った鼻筋、啄ばみたくなる果実のような、小ぶりの唇。黙ってさえいれば、彼女は決然と美しい。なのに、口を開けば出てくる言葉は乱暴なものばかりで、逆にそれがいい、と言う男達もいるのだが近寄りがたい雰囲気をテマリは纏っている。
(くそ! 定例宴会を忘れていた。この日だけは我愛羅から目を離すわけにはいかないのに!)
月に一度、砂と木ノ葉の上層部とお目付け役の上忍や中忍が集まって催されるこの宴会は、双方にとって実に有意義な会合になっている。提案したのは木ノ葉のツナデで、彼女の場合はシズネの目を気にせず大っぴらに呑めることがなによりらしいのだが、長年、近隣の里を拒絶していた砂の者たちには国交を正常化すると共に、新たな出会いの場となっており何組かのカップルさえ成立している。
とは言え、テマリが心配しているのは我愛羅の色事ではない。
(あの、おかっぱ野郎!)
テマリはどん、と建物の壁を殴った。土で出来たそれはもろく、ぱらぱらと剥がれ落ちる。道行く人間達が好奇の目で彼女を見ているが、そんなことには構っていられない。
「・・・テマリさん? どうしたんですか」
恐る恐る声をかけてきた者がいて、振り返ると自分の後輩だった。小柄な女の子だが、武器の扱いには長けている。
「ああ・・・。いや、なんでもない。それよりも、我愛羅を探しているんだ。知らないか?」
テマリは少しばつの悪そうな顔で質問した。
「我愛羅さま、ですか? 朝早く砂の門に向かうのを見ましたが・・・」
「砂の門に? ・・・そうか、ありがとう。来週の任務の準備、引き続き頼んだよ」
はい、と元気に答えた後輩にもう一度礼を言うと、テマリは走り出した。
もう我愛羅はいないと分かっているのに、行かなくてはならない、と思ってしまうのは悲しい性分か。特に姉らしい振る舞いもしていないと思っているが、カンクロウはそれを過保護と呼んでいる。

砂の門とは、里への出入り口のことである。木で出来ている木ノ葉の門とは違い、土を何層も重ねたものだ。
「お出かけですか?」
門番が詰所の窓から顔を出した。全開するならばゆうに十分はかかる重い門だが、一人が通れるくらいの隙間ならすぐに開けられる。
「いや、違うんだ。・・・木ノ葉の人間はもう来たのか?」
軽く手を振りながら、窓に近づき、また質問する。
「あ、もう来ています。今日は何名だったかな・・・、二十名ほどですか。すでに風影さまの屋敷に着いているはずですが・・・」
「そうか」
「なにか問題でも?」
「いや、宴会の準備は滞りない。もう一つ、聞いていいか?」
「なんでしょう」
「・・・その中に、こう・・・、緑色の物体はいなかったか?」

門番の答えはいいえ、だった。
テマリはため息をつくと、ついでと言った感じで我愛羅を知らないかと訊ねた。
「我愛羅様なら、今朝早く、門から出て行かれましたが・・・」
その言葉に、テマリはやはり門を開けてくれ、と頼み細く開いたそこから里の外へ出た。砂漠が目の前に広がっているが、一本白く光る道がある。術で守られ砂が寄り付かないそこを辿れば木ノ葉の里へ着く。だが、我愛羅がそのままあそこへ向かうということは考えられない。
(あとは・・・、近くのオアシスか、まさか里外れの茶屋にいるんじゃないだろうな)
茶屋とは、元は砂の忍びが開いた店である。砂茶と砂まんじゅうしかないような所だが、評判はいい。独自で調合した砂茶が絶妙な味で、繰り返し訪れる者も多い。
一本道から目を逸らして、里を囲っている壁に沿って移動する。砂のせいで道はあって無いようなものだが、慣れていれば問題はない。
「・・・こんにちは」
テマリはためらったが、そう声をかけた。店には人はおらず、かまどには火が入っている。イスとテーブルが壁に寄り添うように置いてある。四方には誰が描いたのか分からない絵が飾ってあり、それも砂漠をモチーフにしたもので、どこまで砂が好きなのだ、とテマリは思った。
「はいはい。あ、テマリ様! おはようございます」
奥から出てきた老人は、折れた腰をさらに折って挨拶をした。テマリは慌てて顔を上げるように言うと、今日何度呼んだか分からない我愛羅の名を口にした。
「我愛羅を探しているんだ。ここに来なかったか?」
老人はしばし、その言葉を考え込むように聞いて、はいはい、と返事をした。
「我愛羅さまなら、朝早く砂まんじゅうを買って行かれましたよ。いやぁ、驚きました。まさかあの方が直々にまんじゅうを買いに来るなんて・・・。驚いて一つオマケしてしまいました」
それにはテマリもびっくりしている。あの我愛羅がここまで出向いてさらにまんじゅうを買うなど、今まで無かったのだから。
「・・・・・・それでその、誰か一緒にいなかったか? 緑色の物体、とか・・・」
彼女は自分もまんじゅうを購入した。それにも老人はオマケをしてくれ、ついでに茶葉も袋に詰めてくれた。
「いいえ、一人だったと思うのですが。一応、今日はこの後どちらに、とは聞いたのですが、さぼてんを見に行くと、ぼそっと・・・」
「さぼてん? じゃあ、この先の温室に行ったのか?」
たぶん、と歯切れの悪い老人に礼を言うとテマリは今度こそ駆け出した。

温室は、我愛羅が自ら立案して建てたものである。いわば、別荘のような別宅のようなものになっている。
里にも実験用の温室があり、それにも我愛羅が関わっているのだが、彼は口聞きをしたに過ぎない。
温室が出来るまで、テマリとカンクロウはその存在を知らなかった。驚いて彼を問いただすと、あっさりと認め、さらには、
「さぼてんを植える」
ぼそりと呟いてすぐに部屋を出て行ってしまった。
「さぼてんって・・・、なにか武器か薬草になったっけ?」
カンクロウがぼんやりとテマリに聞いたが、わけが分からない、と彼女も首を振るだけだった。
温室には数名の植物専門の人間が出入するだけで、普段は我愛羅一人で使っているはずだ。一度、植物の世話をしている人間に内部の様子を聞いたのだが、
「さぼてんだらけですよ。他には特に何も。私も我愛羅さまとはほとんどお会いできませんし・・・」
さぼてんを育てているのは間違いないが、その理由は誰にも分からない。
丸い天井を持ったガラス張りのそこは、砂漠の太陽の下で鈍く輝く。
テマリはまんじゅうと砂茶の入った紙袋を両手に抱えて、ぐるりと周囲を歩いた。まずは人を確認してから温室に入ろうと思ったのである。いくら弟の私物とは言え、抵抗があった。それに、我愛羅はそういうことを極端に嫌がる。もし、勝手に入ったことが知れればすぐにここも取り壊すに違いない。そして今度は、誰にも知らせずに温室を建てるだろう。
あいにくと、ここにも弟の姿は無かった。
テマリは疲れていた。今日は、アカデミーの朝錬に付き合い、戻ってくれば机に書類が山積みになっていて朝食もろくに取れなかった。そして、我愛羅を捜し今の今までこうして里を駆けずり回っている。
(なんだって、こんなことに)
テマリは温室の壁に手をかけて座り込んだ。後ろから見れば気分が悪いのかと思わせるほどに背を丸めて、彼女は顔をしかめて目を閉じた。実際、ろくに食べていないものだから半ば貧血気味になっていた。
ふと、目を開けるとそこには、さぼてんがあった。さらに顔を上げると、温室の内部が当たり前だがよく見える。
大小さまざまのさぼてんは、すくすくと育っているようだった。我愛羅がなんの目的でそうしているのかは、いまだに分からないが、これが弟の望んだものか。
彼の生い立ちに、こんなにきれいな緑はなかった。あったのは、血と肉の赤。そして、我愛羅の奥に眠るものも、また赤いものだった。
テマリは考え込んでいて、もぞりと何かが動いたのを見逃した。
こつん、となにかがガラスに当たった音を聞いて、テマリは最大限に首を上向かせた。
右斜め上、そこにさぼてんと同じような緑色の物体を発見して、思わず尻餅をついてしまった。



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