嫉妬心 P4



コンコン

竹本は社長室をノックして、恭平をその中へと招き入れた。
後から自分も入って扉を閉める。

そこには応接のソファーに腰掛けた孝平がいて、二人を見るなり一度だけ頷いた。
「座って。話がある。」
いつになく真剣な表情で孝平が言う。
恭平は彼が仕事中の顔を自分に向けることは少なかったので、ドキリとしてその言葉に従った。

「話といっても大した内容ではなくて…来月の連休に、私たちと一緒に出張してくれないかな。」
「…え?」
突然何を言い出すのか。
仕事について何も知らない恭平がついていっても何もできない。
恭平が戸惑っていると、孝平は持っていた資料を恭平に手渡した。

「出張中に泊まるホテルを探していたらね、ちょうど一緒に学会へ出る友人が、タダでペンションを一つ貸してくれるというのだが…代わりに自炊しなければならなくてな。私と、竹本と、あと3人くらい連れて行くつもりだが、合計5人分の三食分の食事を三日分用意しなければならない。それを恭平に任せたいのだが。」
「ああ…そういうこと。」
つまり、食事の準備をするために、三日間の出張へついて来いということだ。
手渡された資料を見ると、それはそのペンションのパンフレットであった。

「うん、いいよ。食事を作るだけだよね?」
「ああ。悪いな。交通費等は会社で出るから心配はいらないよ。」
「わかった。」
恭平はしっかりと頷いて、それから良平たちのことを考えた。
連休を丸々留守にするのは初めてだが、明美以外は説明すればわかってもらえるだろう。
彼女については…個別に、何か一つ言うことを聞いてあげよう。

「では恭平くん、別室で詳しい話をします。こちらへどうぞ。」
竹本はそう言って一番初めに席を立ち、扉を開けて恭平を見た。
「行きなさい。また家でも説明しよう。」
「…はい。」
また竹本さんと二人で話さなければならないのか。
恭平は、少しだけ恐怖を感じるのを止められなかった。
そんな彼に気を遣うように、竹本の口数も少ない。

二人きりで机とパイプイスが二つしか入らないような狭い部屋で向き合って座り、恭平は竹本から詳しい日程などの説明を受けた。
基本的には朝食と夕飯、それに昼食はお弁当ということだった。
そのペンションには近くに温泉があるというので、そこも紹介された。
「社長が、ここの温泉を勧めてらっしゃいましたよ。一人で留守番をしている間に、行ってこられたらいいのではないでしょうか。」
竹本は極力優しく言ったが、恭平は浮かない顔をして頷くだけだ。

社長が言っていたなんて伝えたくないのに、元気のない恭平を見るとついつい言葉が出てしまった。
これまでの癖はすぐには抜けないものだ。
そう考えると、急に竹本は体の力が抜けていくような気がした。

「…恭平くん。」
竹本の声が急に低く真面目になった。
恭平が少し驚いて顔を上げると、竹本と目が合った。

「まだ、元気出ませんか。」
「…え?」
「貴方は気にしていないと言ってくれましたけど、実はまだ私のことを許してくださったわけではないでしょう。」
「…。」
まっすぐと目を見て言われると、恭平は否定できなかった。
ゆっくりと頷いて、そのまま目線を下げてしまう。

「ご、ごめんなさい…。俺、なんか気にしすぎる性格みたいで…。」
「そんなことはありませんよ。誰でも気にします。だから許して欲しいと言うのは図々しいことなんですが。」
竹本はそこまで言って、小さく溜息をついた。

「本当のことを申します。」
「…はい。」
「私は…私の方こそ、貴方と社長との関係を認めたくないんですよ。初め聞いたときは信じられませんでしたし…。」
恭平の胸がズキリと痛んだ。

それはそうだ。
誰も信じられない、父と息子の関係なんて…

「でも話を聞くと、私が社長と出会った時期よりも前から、貴方たちは繋がっていたのですよね。それを聞いて、少し、納得してしまいました。」
「え…。」
「社長はいつもどこか違うところを見ている、と感じていたのです。それが誰であろうと私は驚いたのだろうし…むしろ、一番あの人に近い息子の貴方で妙に納得してしまう自分もいるんですよ。皮肉な話です。」
言いながら竹本は自嘲気味に溜息をついた。
恭平は見つけられない言葉を探して、困ったように眉根を寄せた。

「だから、もうあんな馬鹿なことはいたしません。…貴方に危害を加えるようなことは。そんなことをしても社長がこちらを向いてくれるわけではありませんからね。」
嫌われこそすれ、好かれることはない。
少なくとも今彼の中で一番たくさんの部分を占めているのは自分ではなく目の前にいる恭平なのだから。

「これで少しは私と今までと同じように接していただけるでしょうか。正直、社長の息子の貴方に嫌われ続けるのは、とても心苦しいのです…勝手な話なのは百も承知なのですけど。」
「す、すみません…。」
恭平は急に恥ずかしくなって顔を赤らめた。

竹本は自分よりもずっと大人だ。
年齢的にもそうだが、精神的にも、ずっと大人だと恭平は思った。

「ごめんなさい。もう…怯えたりしません。ごめんなさい。」
「謝らないでくださいよ…参りましたね。」
竹本はやっといつもの笑顔を見せて、机の上に広がっていた資料を整えてトントンと角をそろえた。

「それに、社長をこちらに振り向かせる努力はこれからもいたします。これは…許していただけますよね?」
竹本の目の奥が妖しく光る。
これは彼の優しさにつけこんだやり方だったが、今の竹本にできることと言ったらこれくらいしかなかった。

恭平はこれがどういうことになるのかもわからずに、しっかりと、首を縦に振って頷いた。


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