嫉妬心 P5
それから数日後。
恭平は三日分の荷物をまとめて、竹本の運転する車に乗り込んだ。
恭平の乗った車には運転手の竹本と、孝平だけだ。
残りの三人は事前に聞かされていたが、知った顔は営業課の峰山だけであった。
もしかしたら矢吹も入っているかと思っていた恭平は、少し残念に感じている自分に気付く。
孝平は真剣に仕事をしている最中は恭平にかまう余裕がないので、話相手になってもらえると思っていたのに。
「恭平くん、酔ったら遠慮なくおっしゃって下さい。」
「あ、はい。」
竹本が振り向いて言う。
すると助手席に座った孝平が、水の入ったペットボトルと酔い止め薬を一箱、腕を伸ばして差し出して来た。
「使いなさい。酔う前に飲まないと効かないから。」
「え…でも。」
「箱開いてませんから。どうぞ。」
付け足すように竹本が言った。
その言葉に胸が苦しくなる。
恭平はもう一度だけ孝平の顔を見た。
孝平はそんな彼を安心させるように大きく頷く。
それを確認してから、恭平は箱とペットボトルを受け取った。
「では遠慮なくいただきます。」
恭平は酔い止め薬の箱に指をかけ、バリッと音をたてて封を開けた。
高速道路の途中で休憩を取り、3時間かけてペンションへ辿り着いた。
酔い止め薬と竹本の運転の巧さのお陰で、恭平は少し気分が悪くなるだけで済んだ。
車が停止しても降りずにじっとしている恭平に気付き、竹本が窓の中を覗き込んだ。
「大丈夫ですか恭平くん。」
声をかけられてはっとする。
毎日の行為での寝不足がたたっているのかもしれない。
孝平が荷物を持って先にペンションの中に入って行ったのが救いだった。
「平気です。すぐに…行きますから。」
「そうですか…?では私が荷物を先に運んでおきましょう。」
「…お願いします。」
恭平は青白い顔をして、弱々しく頷いた。
ペンションは少し小高い丘のようになった場所に立っていたが、近くに道路もなく静かなところだった。
各自部屋を割り振られ、親子ということで恭平は孝平と同室であった。
だが同室と言っても荷物の置く場所が同じであるだけで、スケジュールを見ると恭平以外のメンバーは一日中外へ出ていて、朝と夜はミーティングのような形になっていた。
仕事中であるために、二人の時間を過ごしている暇はなさそうだ。
気分を整えて、後からペンションの中へ入った恭平は、5人から距離を取って台所へと向かった。
「父さん。台所、さっそく使ってもいいかな。」
「いいよ。後で温泉場のある場所まで案内しよう。」
孝平はそう言って、仲間達と打ち合わせに入る。
どうやら孝平には気付かれなかったようで、恭平はほっとして台所の中に入った。
出発前にもらったペットボトルの水を少し飲んで、恭平はその場に座り込んだ。
小さく溜息をついて上を向く。
そうすると少しだけ気分がよくなった。
出かける前に聡平に言われた言葉が甦る。
「最近兄貴変だよ。そんな頑張る必要ないじゃん。疲れてる時は休めば。」
…やっぱり疲れているのだろうか。
あの愛撫に応えたいと思うことは、もうやめた方がいい…?
「…っ。」
そんなのは嫌だ。
だが、気持ちに身体がついていっていないことは明らかだ。
どうしたらいい?
身体を気遣えば、その時自分を求めてきた孝平を拒絶しなければならない。
今までそういったことをしたことがないから、拒絶した時、孝平にどう思われるのかが怖い。
孝平には望めば喜んで相手をしてくれる人がたくさんいるだろう。
何より、竹本がいる。
彼は孝平に何物にも変えがたい好意を抱いているから、孝平にとってもそちらの方が手にしやすいであろう。
恭平はどうしようもなく胸が苦しくなった。
こんな気持ちは初めてだ。
孝平に抱かれたい、抱いて欲しい、そう思ったことは何度もあるが。
恭平は台所から足を伸ばし、そっと5人の打ち合わせしている場面を覗いてみた。
孝平の後姿の横に、竹本が見える。
二人で同じ資料を見つめ、しきりに事務的な会話を交わしている。
恭平がいる場所からは二人の会話の内容は聞こえないが、その光景はお互いを尊重し信頼し合っているように見える。
いや、見えるだけではない。
きっとそれは事実なのだ。
孝平は恭平に仕事の話は滅多にしないが、する時には必ず竹本の名前が出てくる。
秘書なのだから当たり前だと思ってそれまでは大人しく聞いていたが、そうでない感情が混ざっているとしたら、それは違った響きを帯びてくる。
昨日も一昨日も、自分に向けられていたあの優しさが、激しさが、他人に向けられると思うと。
他の人に目を向けないで。その手を伸ばさないで。
自分だけを、求めていて……
ひどく自分勝手で、それでいて何よりも強い衝動が、恭平を支配していった。
苦しくて胸が詰まる。
恭平は孝平の背中を見るのをやめて、ぎゅっと目を閉じてその場に蹲っていた。
…この気持ち、どうしたらいい?