嫉妬心 P7



次の日、誰よりも早く起きた恭平は5人分の弁当を作り、更に朝食も完璧に作った。
そこまでする必要もないのに、というくらいの手の入れようだったが、それに気付いたのはいつも恭平の料理を食べている孝平だけだ。
前夜のショックが残っていた恭平はこの日も食欲が起こらず、また先に食べたと嘘をついて何も口にしなかった。

竹本もそれに気付いていたが、あえて何も言わなかった。
いらぬことを言って孝平が恭平ばかりを気にかけるようになっては、竹本自身が面白くないからだ。

朝食をきれいに食べた峰山が、出かける前に食器を片付けていた恭平に声をかけた。
「恭平くん、今日の夕飯も楽しみにしてるから。歩いていけるスーパーの位置はもう覚えてるよね?」
「はい、大丈夫ですよ。」
微笑んだ恭平を見て、峰山は小声で囁く。
「顔色悪い気がするんだけど。気のせい?」

恭平はドキリと肩をすくめて、少し視線を泳がせて答えた。
「だ、大丈夫ですよ。俺の心配はいいですから、お仕事頑張ってください!」
蛇口から流れる水のついた手で、恭平が峰山に向かって水玉を飛ばした。
峰山は笑って器用にそれを避ける。
彼は恭平へ手を振って、孝平たちと合流して玄関を出て行った。


全員出かけてしまうとペンション内には恭平一人となった。
一人でいることは普段から慣れているからあまり苦ではなかったが、孝平と竹本のことを考えるといてもたってもいられなくなった。
今何をしているのだろう。
ちゃんとお弁当を食べられるだろうか。
竹本さんと、どんな話をしているの………

恭平は寝不足だったのでベッドに横になったが、どうしても眠れない。
目を閉じると二人のことを考えてしまう。
二人の関係を知らなかった時にどうやって過ごしていたのか思い出せないほど、恭平は憔悴しきっていた。

何故にこうも気になるのか。
毎夜のように抱かれて、満たされているはずなのに。
身体は限界でも、心がこんなにも飢えて、乾いている。

今まで孝平とこういう関係を続けてきたけれど、こんなに追い詰められたのは初めてだった。


一人でいる時間は長い。
長いが、どこにも出かける気力のなかった恭平は、教えてもらった温泉にも出かけずに、一人ペンションの中でぼんやりとしていた。

どれくらい経ったのだろう。
お昼を過ぎて、少しお腹がすいてきた。
考えすぎて頭が痛かったが、そろそろ夕飯の準備をしなければならない。
恭平はノロノロと立ち上がり、財布を持って、ペンションを出た。
西日が差す外の景色は、とても綺麗だった。
恭平は春の風とその光景に少しだけ心を癒された気分になり、重い足を引きずって買い物へ出かけた。

心ここにあらず、といった風にぼんやりと買い物をしていたら、恭平の帰宅は2時間後になってしまった。
辺りはとても暗くなっていて、自分の心を表しているようだと恭平は自嘲した。

電気のついていないペンションに帰って、腕まくりをして台所へ立った。
今日は、自分でも何か食べないと。
恭平は包丁を握って、野菜を切り始めた。


孝平達が帰ってきたのは21時を回っていた。
ペンションの横の駐車場に車の止まる音がして、5人の帰宅を告げる。
恭平は玄関を開けて全員を出迎えた。

「わ〜イイ匂いだなあ!ビーフシチュー?」
「そうですよ。あ、手を洗ってからにしてくださいね。」
「はいはい。」
恭平は極力笑顔で出迎えたつもりだった。
だが、最後に孝平と竹本が入ってきたのを見た時に、その笑顔が少しだけ曇った。
二人を見ないでいた昼間は、まだマシだったのかもしれない。
料理を作る前には少し回復していた食欲が、またもや無くなってしまった。

「恭平くん、夕飯の準備ありがとうございます。」
竹本が笑いかけて礼を述べたが、なんだかその笑顔が恭平の胸に突き刺さって抜けなかった。
孝平はというと無表情のまま恭平をちらりと見て、いつものように一言だけ。
「ただいま。」
恭平は寂しそうに、それでも長年の癖で、笑顔でこう答えた。
「お帰りなさい。」

「あ。」
孝平が振り向いて、恭平の方を向いた。
竹本も足を止めて二人の方を振り返る。
「恭平。温泉には行ってみたか?」
「…ううん。行ってない。」
「行ってない?なぜだい。行きなさいと言ったのに。」
「うん…行く元気が起きなくて。ずっと部屋にいた。」
恭平の返事を聞いて、孝平が少し眉を寄せた。
その表情の意味がよくわからなくて、恭平は孝平のことをまっすぐに見返す。

孝平もまっすぐにその瞳を見つめて、口を開いた。
「おま」
「社長!それに竹本!ビーフシチュー冷めますよぉ〜。」
その途端に、食卓の方から峰山たちのノー天気な声がした。
孝平は言いかけた言葉を飲み込んで、一度だけそちらを見、すぐに恭平の方に視線を戻した。

「社長、恭平くん。行きましょう。」
今度は竹本が、孝平の背後から声をかけた。
二度も言葉を遮られて少し不機嫌そうな表情をした孝平は、ちっと軽く舌打ちして、恭平の肩に手を置いた。
「まあ、いい。…食べよう。」
「うん。」
恭平は首を傾げつつも、頷いた。


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