嫉妬心 P8



どうにかこうにか、皿に盛った分のビーフシチューを恭平が食べ終えた頃には、孝平を含む5人の会話は今日得て来た話題で持ち切りだった。
恭平にはぼんやりとしかわからない内容だったが、孝平がさも楽しそうに目を輝かせながら話していたのでどこか嬉しくなる。
なるべく音を立てないように食器を全て片付けて、この日も恭平は先に部屋へ戻った。

しばらく窓から外を眺めていたが、ふと思い立って家に電話をした。
電話口に出たのは明美で、彼女と少し話をした。
どうやらその日恋人の清二とまた喧嘩をしたらしい。
恭平に対しても少し口調が刺々しかった。

『清二、浮気してるかもしれない。』
「ウワキ?」
『昨日の夜全然連絡取れなかったし。最近遊んでくれないし!誰か他の女がいるのかも…』

その口調はまるで今から怒鳴り込みに行くのではないかと思えるほど力が籠っていた。
強気な性格は兄の良平とそっくりだと思う。
「まだわからないじゃないか。しっかり話を聞いてみなよ。」
『やだ。向こうが連絡取ってくるまで、あたしからはしない。』
「またそんなこと言って。もし本当だったらどうするんだ。お前、捨てられちゃうぞ。」
『…。』
恭平の言うことは厳しかった。
甘えるつもりではなかったが、励ましてくれると思っていたので少し寂しい。
明美はそのまましばらく沈黙した。
清二と別れる。
何度考えてみても、今の明美には、彼を失った自分のことは想像できなかった。

『…わかった。よく話してみる。明美からもう一度、清二に電話する。』
「うん、それがいいよ。大丈夫だから。もし困ったら俺に電話しておいで。」
『…うん。』
最後の優しい一言は、やはり自分が最も敬愛する兄の言い方だと明美は再確認した。
心が静まって、ほっとする。
『またね、兄さん。明後日には帰ってくるんでしょ?』
「そうだね、明後日だ。」
『兄さんが帰ってくる日の夕飯は、明美と聡ちゃんで作るわ。楽しみにしててね!』
「それは嬉しいね。砂糖と塩…」
『もう!わかってるって!』
電話を挟んで恭平と明美が同時に笑った。

電話を切った後、恭平は携帯電話を握ったままベッドの上に移動した。
寝転がって天井を見上げる。

しっかり話を聞いて、話し合って。

言葉にするのは簡単で、自分以外のことだったら冷静にアドバイスできるのに。
頭の中に孝平と竹本のことがチラホラと思い浮かぶ。
恭平は目を閉じて、長い溜息をついた。


久しぶりに満腹になったせいか、恭平はそのまま2時間ほど眠ってしまっていた。
気がついたら部屋の電気は消されていて、体の上には掛け布団がかけてある。
孝平が戻っているのかと思い隣のベッドを見てみたが、姿はなかった。

恭平は起き上がってベルトを外し、風呂道具を持って部屋を出た。
その時既にペンション内はほとんど消灯していた。
恭平が風呂場へと歩いていくと、食卓の方から少し明かりが漏れているのに気付いた。

父さんかな。

恭平は曲がり角からひょいと顔を出して、明かりの正体を見た。

「社長。明日もありますし、もうお休みになられた方が。」
竹本の声が聞こえた。
それもそのはず、食卓に資料を広げて椅子に座ってそれに目を通している孝平の横で、竹本が彼を覗き込んでいた。
恭平からはその背中しか見えないが、二人の距離はかなり近い。
心臓を直接掴まれたようにドキリとし、途端に体が動かなくなった。
風呂道具を持った腕が、ドクンと脈打つ。

「ああ、あと少し。先に寝ていいよ。」
「…お付き合いしますよ。」
孝平の言葉に竹本が優しく答えて、そのまま孝平の顔へ自分の顔を寄せた。

あ。

恭平は目を覆う暇もなかった。
竹本は自分から近付いて、孝平と唇を重ねたようだ。
孝平もそれを拒まずに、竹本に任せてキスを続けている。

恭平は震える手から風呂道具を落としそうになるのを辛うじて堪えて、二人から見えないように壁に隠れてからその場に座り込んだ。

見てはいけないものを見てしまった。

心臓が締め付けられて、息がうまくできない程、苦しい。
恭平はその場から逃げ出したい衝動に駆られて、持っていたものを全てそこに置き去りにして立ち上がった。
視界がぼやけて涙が溢れた。

わかっていたことなのに。
恭平は心の中で何度もそう繰り返した。


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