嫉妬心 P10
「恭平。」
孝平の呼び掛けに恭平はビクリと肩を震わせて俯いた。
「言ってみなさい。何がわからない?」
言葉をやっと搾り出すように恭平は答えた。
「愛してるなんて、そんな簡単に言われても。…。」
「事実だ。」
迷いのないストレートな物言いに、恭平はすぐに反論できずに黙り込んだ。
顔が熱い。
恭平は辺りが暗いことを忘れて額に手を当てて孝平から顔を隠した。
混乱した頭を整理する。
自分に対するあれやこれやの行動がアイシテルからだとすると、竹本に対する行動はどういうことなのだろう。
あのキスの意味は……
思い出しただけでも胸が強く締め付けられる感覚が蘇る。
恭平は暗闇の中で孝平の表情を探った。
あまりに光が少ないためか孝平の姿が朧気にしか見えなくて、ふと不安になる。
そっと腕を伸ばすと、すぐに孝平の腕に触れた。
それを握り返す手が、そこにあった。
「じゃあ、竹本さんは…?」
「え?」
孝平がやっと聞き取れるくらいの小さな声で、恭平が言う。
「竹本さんは、父さんにとって…何…?」
「…部下だよ。」
「嘘。ただの部下なわけない。」
「私の秘書だ。」
「違う!そういうことじゃない。そうじゃなくて…」
「悪いが恭平、竹本に対してはそれ以上の感情は持っていないよ。仕事上失うわけにはいかない人物であることは確かだがね。」
孝平の声はもう戸惑いを含んではいなかった。
堂々として、いつものように相手を納得させて取り込んでしまう特徴のある語り方。
でも…。
「じゃあなんで。…どうして!竹本さんとキスするの?」
「キス?」
「俺、やだよ。見たくなかった!平気だって言ったけど、全然平気じゃない。竹本さんの気持ちを知らなかった頃のようにはできなかったよ…嫉妬で気が狂いそうだ…っ!」
恭平は叫んで、孝平の首筋にしがみついた。
両腕でぎゅっと抱き締めて、孝平の唇に噛み付くようにキスをした。
孝平が驚いて目を見開く。
恭平は一度触れてからもう一度だけ角度を変えて重ね合わせ、それ以上はせず、離れようとした。
その頭を今度は孝平が引き寄せて、恭平唇を割って舌を捩じ込む。
恭平は声を上げる暇もなかった。
熱烈に絡み取られて、生暖かい舌の感覚が恭平を溶かす。
「ふ、ぁ…っ。」
恭平は流れる涙を拭うこともせずにそのキスを受け入れたが、脳裏には先程の孝平と竹本の光景がチラチラしている。
余計に涙が止まらなかった。この唇は自分だけのものであってほしい。
「ん…。」
じっくり堪能した後に孝平は恭平の唇を開放した。
離れた際に唾液の糸がはかなく糸を引く。
孝平はまっすぐに恭平を見て、光る涙を両手で拭ってやった。
しかし拭っても、彼の両方の瞳からは止まる事なく涙が零れ落ちてしまう。
「恭平。」
「…。」
「嫉妬したって?私にとってはすごく嬉しいよ。」
「俺は嬉しくない…。」
「…困ったな。もっとこっちへおいで。」
孝平は苦笑しながらそう言って、すぐそばにある恭平の体を抱き寄せた。
さっきと変わって恭平が抵抗をしないのをいいことに、孝平はそのまま彼の顎を取る。
「今日はひどく可愛らしい。竹本も他のどんな人間も、今のお前には敵わないよ。」
「…。」
「恭平。」
「…はい。」
「私が心の底からキスをしたいと思えるのはお前だけだ。証明してやろうか。」
恭平の目の前に、再び孝平の唇が降ってきた。
それが重なる瞬間まで見届けて、恭平は目を閉じた。
睫毛の間から最後の涙が一粒だけ零れ落ちる。
濃厚で熱いキスを繰り返すうちに、恭平は心が満たされていくのを感じた。
確かにこんな求めるようなキス、何人も相手にできるわけがない。
さっきのだって、竹本さんから求めたから答えただけであって、孝平から欲しがったわけではないし…。
いまいち釈然としないが、息が苦しくなるくらいの口付けを何度も重ねていると、なんだかそれでもいいような気がしてきた。
他の人とこんな風にしないで欲しい。
そう訴えることはただの我儘なのかもしれない。
…父さんを困らせる。
急に恭平の全身から力が抜けた。
唇が離れ、そのままガクリと膝から落ちそうになった恭平に手を伸ばして、孝平がその身体を支える。
恭平はその腕にしがみついた。
「大丈夫か、恭平。」
「うん…ごめん。ちょっとクラクラして…。」
恭平はキスで乱れた呼吸を整えながら、ひどく弱った顔をしてその場にしゃがみこんだ。
孝平も恭平を抱いたままその隣りに腰掛ける。
その時まで気付かなかったが、夜風はヒンヤリとしていた。
「すまない、追い詰めるために連れてきたわけじゃないんだ。これでは逆効果だったな。」
「え…?」
「お前、最近ずっと今にも倒れそうな顔をしていたよ。原因は検討がついていたけど。」
それは連日に及ぶ半ば強引に迫った愛の営みのせいだ。
それによって恭平は睡眠不足になり、食も細くなった。
「わかっているのに、止められなかった。もしかしたらお前が全身で嫌がらないことに甘えていたのかもしれないな。」
「それは…。」
恭平が孝平の胸から顔を上げて孝平を見た。
それに気付いた孝平は、暗闇の中で優しく笑いかけたような気がした。