孝平記 P4
畑中三郎の通夜の日は、雨も降らずに晴れ渡った夜空の広がる日だった。
それぞれ黒いスーツと学生服に身を包んだ恭平達が会場に着いたのは午後の7時頃。
兄弟たちは何年ぶりかに祖父母と再会した。
彼らはとても嬉しそうに4人を出迎えたが、右足の不自由な恭平を見て不憫そうな目をした。
「かわいそうにねぇ、やっぱり治らなかったのかい。」
祖母に言われた。
自分のことを可哀想だとはこれっぽっちも思っていない恭平にとってはあまりいい気はしなかったが、とりあえず微笑んでおいた。
後でこっそり良平が、
「兄貴の何を見て可哀想だと思ってるんだろうね。」
と真面目な顔をして言っていた。
「…足じゃん。」
「ふーん…。でもこれが兄貴なのにね。スタスタ歩かれたら、悪戯しても逃げられねぇじゃん。」
ははっと笑って舌を出した良平を、恭平は叱る気にはならなかった。
恭平は長男だったこともあり、写真を見ると三郎のことを僅かながらに思い出した。
まだ明美が生まれていなかった頃、孝平と愛に連れられて一度だけ祖母に会いにきたことがある。
その時に会ったような気がする。
良平と聡平、明美にいたってはやはり見覚えはなさそうだった。
孝平はずっと疲れた顔をしていた。
すぐに溜息をつくし、飾られた三郎のシワシワのおじいちゃん顔を見ながらぼんやりとしていることも多い。
恭平は心配になって、彼の隣に腰掛けた。
ずっと側にいるよと言ってくれた良平と聡平は、恭平が自分から孝平の元へ行ったので、逆に孝介の方へちょっかいを出しに行った。
明美も連れて行けば、うまくすれば小遣いをもらえるかもしれない、なんてことまで考えていた。
「父さん。大丈夫?」
恭平が声をかけると、孝平はぱっと振り向いた。
「ああ、恭平か…。どうだ、覚えていたかな。」
「うん…少しだけ。と言っても…実のおじいちゃんおばあちゃんのことも少ししか覚えてないからなぁ。」
「そうだな。…愛にも、結局一度きりしか会わせなかった。」
「結婚式は?」
「母は呼んでない。父は、呼んだかな。何しろまだハタチだったから…いい顔はされなかったな。挙式の金も、愛の親が全て出してくれたのだし。」
愛の実家はお寺で、今でも恭平たちと交流がある。
「…うん。ハタチで結婚なんて、すごいね。」
「そうかな。その時はあまり深く考えなかった…お前が生まれたとき俺はまだ21歳だったな。」
「ふふ、今の俺より年下だ。」
恭平は楽しそうに笑って孝平を見た。
今の自分の年で、孝平は恭平を含めて3人の子供の父親になったのだ。
もっと驚くべきは、恭平を生んだ時愛の年齢が18歳だったということだ。
明美と同じ。
今彼女が妊娠したと言ったら、恭平はどうしたらいいのかわからないだろう。
「不思議だね。」
「…三郎さんは、俺と孝介の心の拠り所だった。長いこと連絡を取っていなかったが…持病がひどくなっていたのなら、会いにくればよかった。生きているうちに…。」
孝平の声が重たい。
語り方も仕事中のものではなく、無意識のうちにラフなものへと変化していた。
何十年振りかに父母に会ったという影響が大きかった。
「父さん。」
「愛と結婚しようと決めた時も、俺が一番に相談したのは三郎さんだったんだ。…手紙だったけど。その時も、会いに行けばよかったな。…はぁ。」
また、溜息。
こんなに落ち込んでいる父を見るのは初めてかもしれない。
母の葬式では自分のことで精一杯で、父のことを心配している余裕などなかったから。
「父さん、少し外に出よう。」
「え?」
「その方が気が楽になるかもしれない。ここにいたら疲れる一方だよ。」
「…そうだな。」
孝平は三郎の写真を見上げ、それから頷いた。
恭平は良平に目配せで外へ行くことを伝え、孝平と共に人ごみを抜けた。
身寄りがない三郎の元には、小説を書く上で関係のあった印刷会社等の関係者の参列が目立っていた。
提灯の出ている下のベンチに腰掛けて、孝平はまたもや溜息をついた。
「すまないね、恭平。風邪をひくといけないからお前は中にいなさい。」
「大丈夫だよ。俺もここにいる。」
「…。」
恭平は元気付けるように孝平に笑いかけ、彼の膝をポンポンと優しく叩いて言った。
「父さんの話が聞きたいな。母さんと、どうやって知り合ったの?」