孝平記 P5



恭平にせがまれて、孝平は妻の愛とのことを思い出してみた。

彼女と出会ったのは、自分は16歳、愛はまだ13歳の中学生だった。
高校へ入って自分で小遣いを稼ぎ始めた孝平は、その稼ぎを持って初めての夏祭りへ出かけた。
どこで稼いでいたかと言うと、高校の裏にある小さなバーでアルバイトをしていた。
何気なくその店の前を通った時に、その店のオーナーにスカウトされたのだ。

初めはわからなかったが、そのバーの若い店主はどうやら孝平のことをそっちの色眼鏡で見ていたらしい。
働いているうちになんとなく雰囲気を掴んできた孝平は、手始めに彼と寝てみたりした。
店にやってくる老若男女から次第に人気を上げた孝平が相手に困ることはなく、店主に気に入られている限り給料も上がりはすれど下がらなかった。

そんなことをしながら貯めたお金で遊びに行った夏祭り。
ナンパ目的で出かけた友人と人ごみを歩いていて、一番初めに声をかけたのが、愛とその友人だった。
「今何してんの〜?何年生?」
手馴れた様子で声をかけた孝平の友人に、愛の友人も手馴れた様子で返事をした。
「中学生だよ〜ん。兄ちゃんらは何年生?」
「高校生〜!一緒に遊ばない?」
「ん〜あたしはいいけどぉ。愛ちゃん、どうする?」
愛と呼ばれた少女はオドオドしながら、頬を赤く染めてニッコリと微笑んだ。
「加奈子ちゃん決めてー。」
「んじゃ一緒に遊ぼうよ!あたし加奈子って言うんだー。」
「俺ね、義樹!こいつは孝平。」
「へー、孝平くんてばカッコいい〜!」
「馬鹿、俺は〜?」
「義樹くんもイイ感じ〜。」
すっかり意気投合した義樹と加奈子は二人で話しながらどんどんと先に行ってしまう。
それとは対照的に、愛はもたもたと人ごみに引っかかってばかりいた。
自然と孝平もそちらを気にかけるようになり、二人は完全にはぐれてしまった。

「ご、ごめんなさい。浴衣着たのって初めてで…。」
「別にいいよ…急いでないし。正直義樹のテンションに最後までついていくのは無理だったからな。」
「え…。ふ、ふふ。」
孝平の言葉に、愛が口元を押さえて小さく笑った。
微笑んだ時のピンク色の頬が、とてかわいいと思った。

しかし笑ったものだから周りへの注意がおろそかになり、また人ごみに流されそうになっている。
背が小さいから尚更だ。
孝平は仕方なく、愛の腕を引っ張り、長身を生かして彼女の肩に手を掛けた。

「まっすぐ俺の前を歩いて。転ばないように。」
「う…うん。ごめんね、孝平くん。」
愛は恥ずかしさと、その中にちょっぴり嬉しそうな笑みを零して人ごみを抜けた。

「えーん、どうしよう。加奈子ちゃんと完全にはぐれちゃった。」
「…。」
人ごみを避け辿り着いた場所は、店の並ぶ列から少し外れて、提灯の光が揺れる木の下だった。
「…孝平くんは、どうする?」
「俺はこのまま帰ってもいいし。あいつとは明日また学校で会うしな。」
「えっ、そういうものなの?心配しない?」
「しないよ。加奈子とかいう女はお前のこと心配すんの?」
「う〜ん…どうかなぁ。でも私だったら心配だから。どうしたらいいかなぁ。」
愛はクリクリとした幼い瞳で辺りを見渡して、必死に知った顔を探そうとしていた。

ぼんやりとその様子を見ていた孝平は、ふと思いついてその背中に声をかけた。
「…愛、ちゃん。」
「んっ?何?」
愛が振り向く。
孝平は男子校に通っていたので、自分より年下の女の子をちゃん付けで呼んだことは初めてだった。
なんだか照れくさい。

「あれ、やろう。」
「え?」
孝平が指差した方向には、金魚すくいと書かれた看板を掲げた出店があった。

「金魚?」
「うん。せっかく祭りに来たのに、何もしないで帰るのはしゃくだから。」
「そうね、でも…。」
「やろ。嫌?」
「ううん。でも、加奈子ちゃんが…。」
「あいつらは大丈夫だって。お前のことも家まで送ってやるよ。」
「えっ?」
「だから、あれやろう。付き合って。」
「あ、うん。わかった。」

その時苦戦しつつもなんとか採った金魚2匹は、愛に託された。
切り出したのは孝平なのに、金魚が欲しかったわけではなかったらしい。

帰り道、嬉しそうに金魚を持った愛を見ながら、頭の上で腕を組んで隣を歩いていた孝平が、何気なくぽつりと言った。
「明日カナコに会ったら、こっちは楽しかったよって言えるだろ。」
友人とはぐれさせてしまった責任を感じた孝平の、精一杯のお詫びだった。


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