孝平記 P6
次に愛と偶然に再会したのは、大学に入ってからだった。
成績優秀だった孝平は、見事一回で国立大学に合格。
高校生活中ずっとやっていたアルバイトのことが父親にバレ、派手な親子喧嘩をしていた孝平は、3年間で稼いだ金の半分を持って家を飛び出すように一人暮らしを始めた。
残りの半分は、父親のために家にわざと置いてきた。
英孝はそろそろ年のことも考えないと、肉体労働はきつい年齢に差し掛かっていたからだ。
孝平はしばらくは呑気に学生生活を謳歌していたが、次第に退屈になったので再びアルバイトを始めようと思った。
その時始めたバイトは高校の時と同じようなバーテンダーだったが、そこで建設会社を営む30歳くらいの男と出会い、セックスをしながらいろいろな話を聞いているうちになんだか興味がわいてきた。
そんな折だ。
当時高校生だった愛と、たまたま街中で再会した。
始めは気付かなかった。
大学に向かうため急ぎ足で歩いていたセンター街を、自転車に乗っていた女子高校生に追い抜かされた。
そして彼女が孝平の目の前で急ブレーキをかけて、振り返ったのだ。
「孝平くん!!」
呼ばれて、は?と頭に疑問符が浮かんだ。
名前を呼ばれるほど親しい仲の年下の女など、しかも高校生など、まったく記憶にない。
振り向いた女の顔も、夏祭りで出会った時よりも断然大人っぽくなっていたために余計わからなかった。
「わ、わわ。孝平くんだ。もう一回会えるとは思わなかった!嬉しい。」
不思議顔をしている孝平を前に、彼女は自転車を降りて、心底嬉しそうに孝平の顔をまじまじと見つめていた。
だがどんくささは変わっていない。
振り返った拍子にスカートをサドルに引っ掛け、慌ててそれを押さえて片手を離したら自転車がものの見事に転倒した。
ガシャーン!
「きゃぁ〜!や、やばやばっ。」
「…。」
顔はわからなくても、声と仕草でピンときた。
孝平は思わず噴き出して、倒れた自転車を起こしてやった。
「ご、ごめんなさい…。」
「変わらないなお前。相変わらずどんくさそう。」
そして相変わらず、微笑んだ時のピンク色の頬がなんともかわいらしいと思ってしまう。
「あ、相変わらず?どんくさそう??」
愛は顔を真っ赤にしてあたふたと孝平の言葉を繰り返した。
「…なに、お前高校生になったのか。」
「うん。」
「へぇ…。」
「へ、変かな?」
「いや。制服、かわいいよ。似合ってる。」
何気なく言った孝平の言葉は、愛の心にぎゅっと響いたらしい。
女子高だからか、愛は愛で年上の男の人にそんなことを言ってもらったのは初めてだったのだ。
「…孝平くん、名前なんて言うの?」
「え?孝平、だけど。」
「違う、本名。苗字から…。」
「佐久間孝平だよ。知ってどうするのさ。お前は?」
「私、松島愛っていいます。…また、会える…?」
「…。変な奴。会えるって。なんなら、今日授業終わったら会おうか。」
「えっ?」
「俺今日夕方に終わるんだ。バイトもないし…たまには気分転換でもしたいとこなんだけど。どう?」
「…っ。行く、行く。やった!」
孝平としてはいつものノリで誘ったのだが、予想以上に愛が嬉しそうにするので孝平はポリポリと頭をかいた。
そんなに喜ぶなら、毎日会ってやってもいいとさえ思う。
こんな感情は初めてだった。
「じゃあ、夕方、ここで。気をつけて来いよ。」
「うん、わかった!」
気をつけて、の意味がわかっているのだろうか。
愛は孝平に手を振って再び自転車に乗ろうとしたが、ふらふらとしていて木にぶつかりそうになったり人をひきそうになったりしていた。
つくづく危なっかしい奴。
孝平はその後姿を見送りながら、自然と口元が緩んでくるのを感じた。