選択肢 P2



「もう10年か…。早いなぁ。」
峰山がしみじみと言う。
孝平は頷きもせず刺身をつついた。

「俺の女房もさ、言うわけ。私が死んでも仕事ちゃんとしてねーって。」
「ほう。」
「俺のとこは娘が一人しかいないから、あいつが嫁に行ったら働く意味あんのかなって、時々思うんだ。」
峰山が妙にしんみりとした雰囲気を醸し出すので、孝平は苦笑した。

「おや。それは困ったな。その時は引きずってでも私に協力させてやろう。」
「わお。相変わらず厳しいなぁまったく!」
「ふふ。」

「でも…お前はよく頑張ってるよな。ほんとすごいよ。尊敬する。」

峰山が笑って孝平を見つめながら言う。
孝平は複雑な気分だった。

それから峰山は自分の家庭のことや仕事のこと、孝平の仕事ぶりに関して一通りのことを語った。
彼の指摘するポイントはほぼ的を得ているので参考になる。
満腹に近付いてきた孝平は、彼の話に真剣に耳を傾けた。

ザルの峰山は孝平がリタイアした後にさらに日本酒を頼み、ほんのりと頬を赤らめていた。
ふと思い付いたように話題を変える。

「そういえば、お前。」
「ん?」
「秘書の竹本くんとは、まだ続いてるのか?」
「…。」
「まあお前のことだから、余計な口出しするつもりはないけどさ。」
峰山は独り言のように小さな声で言って、お猪口に入った酒をぐいっと飲み干した。
孝平は自嘲気味に笑って、冷やの入ったコップをクルクルと回した。

「…最近、愛や子供たちのことを考える時間が増えたんだ。」
「へぇ?いいことじゃないか。」
「まぁな。」
「お前にとってはいいことだよ。遅過ぎるくらいだ。」

峰山は時々会社で垣間見る恭平の様子と、生きていた頃の愛の姿を思い浮かべた。
これほどまでに仕事ばかりの男を慕い、支えてきた二人。
近頃はめっきり会ったりしていない他の三人の子供たちもきっと同様に違いない、と峰山は思う。

「だから…竹本とは少しずつだが、関係をやめようと思ってる。…可能かどうかはまだわからないがな。」

峰山はウンと頷いて、お猪口に酒を注いだ。
「俺は賛成だよ。竹本くんの気持ちはどうなんだ?」
「さぁ…。」
「とか言って、本当は知ってるんだろ。説得できそうにないのか?」
「…愛していると今でも言われるよ。仕事の関係上毎日顔を合わせるが…元気のないあいつを見るのは、正直つらい。」
「…別れられないってことか?」
「よくわからない。ただ、そう簡単に気持ちを割り切ることができなさそうな…、気はしてる。」

孝平は自分で言って、不思議と初めて気持ちを確かめたような安堵感に包まれた。
恭平にも竹本にも、打ち明けられなかったこの気持ち。
全て自分に非があるとしても何をどうしていいかわからなかった靄が、少しだけ晴れた気がする。
峰山が話を振ってくれたお陰だ。

孝平はそのまましばらく沈黙した。
峰山も言葉を探して見つからず、喋り出さない。

やがて誰にともなく呟くように峰山が言った。

「まあ…ゆっくり考えればいいさ。時間はたっぷりあるんだから。」

峰山は明るく笑って、孝平に徳利を差し出した。
「飲む?」
「いや…いいよ。というかお前飲み過ぎ。」
孝平は峰山につられて笑って、今日は二人とも電車かタクシーで帰った方がよさそうだと思った。
目の前の峰山に運転させては恐ろしいことこの上ない。

「明日も仕事あるんだからな、しっかりしろよ、義樹。」
「なに、大丈夫大丈夫!」

峰山義樹、45歳。
佐久間孝平のほとんどを知る言わば幼馴染は、楽しそうに笑った。

そんな彼にも孝平がひたすらに隠していることは、恭平との関係のことだけだ。


二人は3時間ほど楽しんで、やっと店を出た。
当然のことながら辺りは真っ暗で、さすがに車を運転する気にならなかった二人は駅まで歩くことにした。
歩くといっても3分もしないうちに改札口へと着くだろう。
夜道を歩いていると、行き交う電車から漏れる明かりが度々道を照らした。

駅で峰山と別れた孝平は、すぐにやってきた電車へ乗り込んで2駅。
会社と自宅とはそう離れていないし、今日行った店も会社からほどよい距離にあるので電車でも苦ではない。
帰ったら恭平を抱いてやりたいが、少々飲みすぎた。
風呂に入ってすぐに寝よう、なんて考えながら家への帰路を急いでいると、玄関の前に見知った車が止まっているのが見えた。

すぐにピンときた。
あれは、竹本の車だ。


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