知らない人 P4
正式に誘うからね。
そう言った孝介はその言葉通り、何日も立たないうちに再び電話をかけてきた。
そもそも携帯電話を持つと便利だという話を持ってきたのは孝介本人だ。
華やかな内容に良平と聡平が同時に興味を持ったから、購入する流れとなった。
電話の内容はこうだ。
友人の経営するフランス料理屋の割引券が手に入ったから、平日の昼間に二人で食べに行こう。
車の中で無理矢理犯されてから幾日も経っていなかったので、恭平は警戒して丁寧に断った。
無理もない。
断られた孝介は策を講じた。
拒まれると逆に躍起になってしまうのは、この男の性なのだろうか。
こともあろうに彼は、孝平の元へと赴いた。
「孝介?どうしたんだ、久しぶりだな。」
孝平は忙しそうに仕事をしていた手を止めて、笑顔で弟を出迎えた。
しかし、久しぶりにやってきた孝介の目的はたやすく想像がつく。
孝介は孝平が笑顔で迎えてくれたことをいいことに、饒舌に話し始めた。
「兄さんこそ。元気?最近家に帰っていないようだけど。」
「ああ。申し訳ないと思ってはいるんだが、なかなかうまくいかなくてな。子供たちは元気にしているかい?」
孝平の質問は、傍から見ているとどちらが本当の父親かどうかわからない。
孝介は苦笑して答えた。
「なんだよそれ。うん、4人とも元気だよ。」
「それはよかった。恭平の奴が、また無理をしていなければいいが…。」
「兄さん、そのことなんだけど。」
突然いつになく孝介が深刻な顔をしたので、孝平も思わず眉をしかめた。
まさか、恭平に何か?
「どうした?」
「最近恭平くん、疲れがとれないみたいだから。今度昼にでも食事に連れていってあげようかと思うんだけど。」
「え?」
「どうかな。フランス料理の割引券が手に入ったんだ。いい息抜きになると思うんだけど。」
「昼間にか?お前、また照子さんに迷惑をかけて…。」
孝平は呆れたように溜息を付いた。
子供たちの面倒をみてくれているのはありがたいが、いつまでも定職につかない弟はどこかだらしない、と孝平は思う。
「…それで。今日の用事は何だい。」
「さすが、話が早いな兄さん。今日はそのためのお金を少し貸してほしくて。」
「そんなことだろうと思ったよ。仕方のない奴だな…。」
孝平はおもむろに引き出しから封筒を取り出した。
「5万入ってる。好きに使うといい。」
ポンと無造作に孝介の方へ放ると、孝平は資料に目を戻した。
「用が済んだら帰りなさい。恭平によろしくな。」
「兄さんからも恭平くんに伝えておいて。この前誘ったら、遠慮しているのか断られちゃって。」
「何。…わかったよ。」
孝平は資料から目を離さずに頷いた。
社長室を後にして、そっと孝介は微笑む。
孝平にも言われれば恭平は断れないだろう。
案の定、恭平は最終的に孝介の誘いに乗ってきた。
渋々といった風ではあったが、孝介にとってはどちらでもいい。
念の為に確かめると、あの時以降、未だに孝平とは寝ていないという。
恭平の身体は、欲が溜まっていればいるほど従順になる。
それどころか、一度理性を飛ばすと自分から貪欲に求めるような仕草を取るようになる。
あの細い身体のどこに、隠された体力を宿しているのだろうと不思議になるくらいだ。
この日も、食事の後に巧みに誘惑して2時間ほどホテルに入った。
半ば諦めていた恭平の抵抗は弱々しく非力で。
孝介は白くて弾力性があり、色っぽくしなる実の甥の身体に隅の隅まで執拗なる愛撫を与えた。
軽めの催淫剤を飲まされ理性を奪われた恭平は、意識と肉体が離れ、腰が砕けるかと思うほど長い間痙攣していた。
声が枯れるほど嬌声を上げ、孝介の身体にしがみつく。
快楽だけを追えたならどれだけ幸せな時間だっただろう。
夢を終えた後は虚しさが残るだけ。
深い闇に包まれた後は、すぐには光を見つけられない。
「美咲ーっ電話鳴ってるぞー!」
湯船に浸かって休んでいた美咲に、外から弟の声がかかった。
彼女は風呂場のドアを少し開けて、その隙間から叫んだ。
「後でかけ直すからーっ!」
「いいのかー?男だぞー!」
「えっ…誰?」
「さく…佐久間きょ…」
それを聞いた途端、美咲はざばっと立上がり、浴槽から出て体にタオルを巻いた。
「こっち持ってきて!!早くっ!!」
「はぁー?」
「いいから早くっ!!」
のんびりとした声をあげる弟を急かし、鳴り続ける携帯電話を奪い取る。
「ありがとっ。……もしもし?!」
うわずった声で切り出したこちら側とは裏腹に、受話器から聞こえた声は心なしか沈んだものであった。
『あ…美咲?俺。恭平だけど…』
「うんっ。どうしたの…元気ない?」
『いや…。うん。今平気?』
「平気、平気。今勉強してたとこだから!」
傍らで姉の様子を観察していた弟が、そりゃないだろ、と顔を歪めて苦笑した。
美咲は人差し指を唇の前で立てて弟に示した。
「どうしたの?」
『今から…外に来れる?』
「え?」
『俺、いま駅の近くの公園にいるんだ。お前んち近いかなと思って…。』
恭平の声は美咲が聞いたこともないくらい沈んでいて、少し枯れていた。
何があったのだろう。
美咲には恭平が助けを求めているような気がした。
いつも頼られてばかりの、あの恭平が。
「いいわ…今からすぐ行く。そこにいて。」
『…ごめん。』
「いいの。あ、でも…お化粧落ちてる。気にしないでね。」
『ふふ。…了解。』
弱った恭平が、少しだけ笑顔になった気がした。