5万ヒット記念小説>桜舞う季節 P3
「掃除終わりましたけどぉ。」
ガラッと職員室の戸を開けて、杉野は生活指導教諭の机へ歩いていった。
他の4人も終えたらしく、彼らの道具も同じ場所に置いてあるのを確認する。
「あれ?杉野くんまだやってたの。」
そう言って話しかけてきたのは数学科の教師、相田貞二だった。
出席簿を持って職員室を出ようとしていた相田は足を止めて杉野に親しそうに話しかけた。
杉野の記憶が確かならば、新1年の担任を持っているはずだ。
杉野は持っていた道具類をその場にパッと置くと、相田に駆け寄った。
「先生、1年の担任?」
「ああそうだよ。何?」
「今度の1年に双子いるんでしょ?見ました?」
興味津津な瞳を向ける杉野に苦笑して、相田は職員室の戸を開けた。
それに続いて杉野も職員室から出て、肩を並べて廊下を歩いた。
「いるね双子。先生のクラスに片方入ってるよ。」
「マジ?!いいなぁ〜俺も見たい。」
「そんな珍しがるなよ。名前もわかるよ。」
「えっ。教えて。」
「佐久間良平と聡平。うちのクラスにいるのは弟の聡平の方で…あ、君の一コ上にお兄さんがいたよ。片足が不自由だった…」
「卒業式でなんか読んだ人?」
「そうそう。彼も俺のクラスだったんだけど、その弟たちみたいだよ。」
「とか言って、今先生密かに自慢したでしょ。」
「えぇっ、そんなことないない。」
慌てて否定する相田の仕草は教師なのに教師っぽくなくて、たくさんの生徒からも好かれている。
杉野の伯父で保健医の二宮咲斗もその一人で、二人の関係のことも杉野は十分に心得ていた。
「その佐久間…?兄弟は、どんな奴?おとなしめ?」
「いや、見た感じは元気一杯そうだよ。…って、お前たちがやってるようなこと、教えたらだめだからな!」
「はいはぁ〜い!」
杉野はそれだけ聞くと相田から離れて自分の教室へ向けて走り出した。
気の合いそうな奴らだったら仲良くしてやるに越したことはない。
そんなことを考えながら、意気揚々と教室へ入った。
放課後のホームルームを終えてすぐに、杉野は帰ろうとする河原崎を捕まえた。
河原崎は相変わらずオドオドしていたが、ゲームセンターで出会った二人がこの学校にいることを告げると嬉しそうに話にのってきた。
「今度一年の教室に行ってみてもいいかなぁー。」
「行けよ。俺も用事あるし、一緒に行かせて。」
「えっ、なんの用事?」
「うんちょっとね。」
楽しそうに笑って答えた杉野に、河原崎はそれ以上聞かなかった。
聞いても、噂の双子に会ってみたいから、という興味だけの意見を聞いて呆れるだけだっただろう。
杉野拓巳という人物は、興味を持ったら確かめられずにはいられない、そんな性格の持ち主なのだ。
その日も塾へ行くという河原崎と別れて、杉野は先日と同じ桜の木の下へ行って座り込んだ。
肩にかけていたスクールバッグをどさっと下ろし、中から英語の教科書と単語帳を引っ張り出す。
学校から駅へ行く途中の川に立つこの桜の木を杉野はとても気に入っていた。
桜が咲く季節になると必ず一度は早めに学校を抜け出したりしてここへ来る。
春休みには満開だった桜の木は、この日から散り始めていた。
雨が降らなければ桜の花びらで地面が絨毯を敷いたようにピンク色になるだろう。
指の中で器用にシャーペンをクルクル回しながら単語帳を見つめていると、この川辺の上の土手を走って来る足音が聞こえた。
何気なくそちらに目をやると、自分と同じ制服なのだがまだサイズが合ってなさそうな一年生らしき少年が、こちらへ向かって走ってきている。
向こうも杉野に気付き、一度だけ後方を振り向いてから一気に土手を駆け降りた。
少年の顔を見て、あ、と声を上げた瞬間、彼がズザザッと土を擦る音を立てて止まり、杉野の目の前でしゃがみ込んだ。
来た方向から隠れるようにして上の様子を見、桜の木と杉野の体の影に隠れた。
「悪いんですけどっ、かくまってください!」
「え?」
「体育部の奴等…いえ先輩方に追われてるんですっ!」
「ああ。」
彼らの通う高校では、毎年部活動の新入生獲得のための勧誘活動が盛んだった。
入る気がなくても、しつこく勧誘されて入部する羽目になった生徒は少なくないだろう。
すぐに、どっちへ行った、あっちへ行ったと声がし始めた。
「ちょっと待ってな。」
杉野は彼にそう言うと立ち上がって土手を登った。
勧誘活動中の群れの中から三年の知ってる顔を探し出し、素知らぬ振りをしてあらぬ方向を教えてやった。
しばらくの後に去っていった彼らを見送って、杉野は振り返り、桜の木の下から様子を伺う一年生を見下ろした。
幼さの残るその顔は、あの時河原崎を助けてくれた中学生の一人。
一度話をしてみたいと思った、杉野の密かな下心をくすぐるような瞳がまっすぐに杉野を見つめていた。
「…行った?」
「うん。」
杉野が頷くと、彼はハァァァと長い溜息をついて肩の力を抜いた。
それに呼応するように、桜の木から花びらがこぼれ落ちた。
彼と杉野の回りが一瞬だけピンクに染まる。
杉野は顔の回りを舞っている花びらを払いのけて、木の下まで土手を下った。
この胸の高鳴りはなんだろうか。