5万ヒット記念小説>桜舞う季節 P4
杉野の言葉に安心した少年は、桜の木の真横にまっすぐと立って胸を撫で下ろした。
「よかったぁー…しつけぇんだもん。俺は入らねぇって言ってんのに。」
「三つくらいの部が混ざってたね。相当な人気じゃん。」
「とりあえず陸上だろ、バスケだろ、そんでサッカー!」
サッカーに特別呪いをかけるように強調して、少年も服についた桜の花びらをはたいて落とす。
見下した杉野は、彼の背中の襟元についた一枚の花びらを見つけて、それを指で拾い上げた。
「君、名前は?」
言われて少年が顔を上げて杉野を見た。
発展途上で華奢なこの体もきっともうしばらくすれば逞しく成長しそうな気がする。
まっすぐに見つめてくる黒い瞳が、名前を聞いただけなのに杉野の胸を高鳴らせた。
なぜこんなにもドキドキするのか。
「俺の名前は良平。」
「良平?」
「うん。」
「名字は?」
「…。」
良平と言った少年は、何故か少し躊躇したようだ。
だがすぐに、腰に手を当てて言った。
「…佐久間。佐久間良平。良平だからね。」
「わかった、良平ね。」
名前の方で呼んで欲しいようだから、喜んでそう呼ぼうと杉野は思った。
「あんた…えと、先輩は?」
どうやら敬語を使うことに慣れていないらしい。
そんなところがかわいらしくて、杉野はふっと笑みをこぼした。
「杉野拓巳だよ。一応三年だ。」
「杉野…杉野さんね。よろしく!」
良平はニッコリと微笑んだ。
無邪気な笑顔に自然と杉野の顔もほころぶ。
そしてふと、今日の午後に相田から聞いた話を思い出した。
…待てよ?
佐久間良平…?
「あれっ。もしかしてさ、君、噂の双子だったりする?」
「は?ああ、双子ですけど。…噂って…?」
「えっぇぇぇえ〜っ!!」
あまりに大きな声を出して杉野が驚いたので、良平のほうもびっくりして身を引いた。
怪訝そうな顔をして覗き込んでくる良平の肩をポンと叩いて、杉野は興奮を隠せない様子で嬉しそうに言った。
「俺、そのうち会いに行こうと思ってたんだ!しかも君だったんだね…なんか嬉しい!」
「…は…?」
「いやごめんこっちの話。高校生活、わかんなかったら俺になんでも聞いて!生徒会なんかもやってるから俺!」
「あ、そうなんですか。」
「そう。厄介払い的に押しつけられて…あ、いやいやそれはいいんだけども。」
気分が高揚して自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。
「へぇー、生徒会。先輩全然そんな風には見えないのに。」
杉野が若干足が宙に浮いた状態だとは露とも思わず、良平は割と興味を示して杉野の話にのってきた。
「俺も思い出したよ。杉野先輩って、新歓祭で舞台の照明壊した人でしょ。聡平がやたら爆笑してたから覚えてる。」
「あっ……。そんなことも、あったね…ハハ。」
乾いた笑いを浮かべて杉野は照れ隠しに頭の後ろをボリボリと掻いた。
気まずそうに視線が宙を泳いでいる。
反対に良平は更に興味津津にな様子で杉野の顔をまじまじと見つめた。
その近さに杉野がうっと言葉を詰まらせる。
「俺も笑ってたけど。先輩、いっつもあんなことやってるの?」
「え…うん、まあ…大概はね!」
「えーっマジで!楽しそう!!すげぇな、生徒会とかやってる人って勉強だけの堅物ばっかりだと思ってたけど。先輩みたいなのもいるんだね!」
「それは偏見だろ…う〜ん、というか、馬鹿をやりまくっていたから、たまにはやってみろと生徒会を押しつけられたというか。」
「でも生徒会役員選挙って生徒の投票で決まるんじゃねぇの?」
「そう。俺、これだけは自慢だけど生徒からは結構な人気者なんだよね。…これが災いして当選しちゃったわけだけど…。」
「あはははっ!!」
良平が笑うと、桜の花びらがふわふわと踊るように舞い落ちてくる。
杉野はケラケラと軽い笑い声を発するこの新一年生のことを素直にかわいらしいと思った。
ひとしきり笑った後、良平は桜の木の幹に背を預けてその場に座り込んだ。
杉野もつられて座り、地面に出しっぱなしだった単語帳を拾った。
「いいなぁー。俺もそんな楽しい高校生活送れるかな。中学とは変えたいんだけど。」
「楽しいけど…その代わり罰則とかもたくさんあるよ。トイレ掃除とか、裏庭の草むしりとか…あ、プール掃除は楽しいけど。」
「いいよそれでも。」
「そうかなあ。三年の今になって、もちょっと勉強しとけばよかったとか思い始めたし。」
杉野は単語帳の中身をパラパラとめくって見、パタンと音をたてて閉じて鞄の中に閉まった。
無我夢中で駆け抜けて来たから、面倒なことは一切合切考えてこなかった。
進路のこと、親のこと、社会のこと…
「えー。それでもいいんじゃん。100考えるより1動いたほうがよくね?動いてきたあんたは間違ってないでしょ。」
頭の後ろで腕を組んで川の流れを見つめながらそう言った良平の言葉が、杉野の心を大きく揺さぶった。
「そう、いう、取り方もあるな。」
「そうだよ。…あ、やべぇあんたとか言っちゃった。先輩ね、先輩。杉野先輩。」
自己暗示をかけるかの如く口の中で同じ単語を繰り返して、良平はパッと杉野の方を見た。
「今度また会える?聡平が話したがってたし、友達の瑞樹って奴もきっと杉野先輩のこと気に入ると思う!」
キラキラと輝いた瞳から目が離せない。
二つも年下の出会ったばかりの後輩に、杉野は完全に主導権を握られた思いだった。
「ああ、いいよ。」
「よかった。」
またニッコリと微笑む。
その笑顔をもっと見ていたい。
杉野は自分の心の中に、最近ずっと音沙汰のなかったドキドキとする新鮮な感情が溢れだしてくるのを感じた。