5万ヒット記念小説>桜舞う季節 P5
川のほとりの桜の木で佐久間良平と杉野拓巳が出会ってから一週間はすぐに過ぎた。
学年が違うため偶然にでも二人が会う機会はないに等しい。
杉野は河原崎と共に一年の教室へ行き、良平と瑞樹に礼を述べたが二人はほとんど覚えていなかった。
「ああ…別に気にしないでください。たぶん相手が隣の中学校の生徒だったんですよ。」
あの時良平と一緒に割って入った彼の友人、岡田瑞樹は笑い飛ばす勢いでそう言ったし、良平にいたってはキョトンとした顔で首を傾げたままだった。
「中学での喧嘩納めとか言ってた頃じゃねぇ?」
「あぁ、そうかも。」
瑞樹に言われてポンと手を叩いた。
それくらいに記憶に残らない些細なことだったらしい。
見たところ喧嘩で受けた傷らしい傷はどこにもないし、そう言われれば納得してしまいそうだった。
「そんなにしょっしゅう喧嘩してたの?」
「昔の話ですよ。」
「高校からはもうしないって決めたんで。」
呆気にとられている杉野と河原崎を余所に二人はとても楽しそうに語っていた。
高校三年目を迎えたその日、杉野は二つも年下の彼らに自分とは全く違う世界を見た気がした。
明るくてかわいくてでも喧嘩が強くて、双子で。
様子を見ているとクラスでもまぁまぁの人気者で、ルックスのよい岡田端樹という友人もいて。
自信に溢れたその姿は、杉野には眩しく輝いて見えた。
こんなにかっこいいと思えた人物は今までいなかったように思う。
なぜならある程度までなら、自分の方がうまくできたから。
「それにしてもよく杉野先輩と仲良くなれたなぁ〜お前。やるじゃん。」
瑞樹が杉野を指差して良平に笑いかけた。
良平が嬉しそうにニッコリと瑞樹に笑顔を返す。
「まあね〜!瑞樹も絶対気に入ると思ってた!」
「あったりまえだよ、楽しいこと俺らが見逃すわけないよな?」
「おうっ!」
二人は喧嘩仲間以上にとても仲がいいらしい。
そんな良平にも悩みや心に抱えているものがあるなんて、その時は考えもしなかったのだ。
次の日から杉野は行動を起こした。
気になるのなら、熱の冷めないうちにできるだけ良平のことを知ろう。
今までの経験上、それが一番いい方法だ。
「良平!一緒に帰ろ!」
放課後、一年の教室の戸をガラッと開けて入ってきた人物を見て、後ろから2番目の窓側に座っていた良平は頭を抱えて机に突っ伏す。
「…また来た…。」
ニコニコと嬉しそうにドアの辺りに立っているのは、かれこれ一週間以上、帰宅時間になると良平に付きまとって離れない杉野だった。
前の席に座っていた岡田瑞樹がニヤリとして振り向く。
「また来たねぇ。すごい気に入られようじゃん。」
「気に入られてんのかなんなのか…よくわからん。」
「良平〜!帰るよ〜!」
廊下から叫んでいるノー天気な声に本気で頭痛がしてきそうだ。
「うるせぇな!一人で帰れよっ!」
「一人で帰ってもつまんないから誘ってるんじゃん。」
「…ッ」
「さ、帰るよ〜♪早く鞄持って。」
何を言っても聞き入れなさそうな笑顔にうんざりと肩を落として、のろのろと良平が鞄を持ち上げる。
その動作を嬉しそうに眺めていた杉野に、後ろから話しかけた女子がいた。
「あ、あの…」
「ん?」
杉野が振り向くと、彼女は右手で手紙を差し出した。
その様子を何気なく見ていた岡田瑞樹は、あれが隣のクラスにいる女だと気付いた。
「おい、良。」
「あん?」
「あれ。」
杉野の方を指差した瑞樹の視線を追って、良平もそちらを見た。
手紙を渡そうとしている女子と、困ったように苦笑してそれを断ろうとしている杉野が目に入る。
「…なんだあれ。」
「モテますなぁ。さすが。」
「…。」
けっ、と一言吐き捨てるように言ってから、良平は荷物を持ち派手な音を立てて立ち上がった。
「じゃあな、瑞樹。また明日。」
「ほいほい。」
どこか不機嫌さを隠せない良平の声に軽く頷いて、瑞樹はその後ろ姿を見送った。
スクールバッグを無理矢理背負うようにして、乱暴に杉野と女子生徒の間に割って入る。
「帰るぞ杉野!」
そんな怒声も聞こえてくる。
「あいつ、杉野先輩が先輩だって忘れてんじゃねぇの。」
瑞樹は苦笑しながら溜息をついた。
廊下を行き、階段を下りて、下駄箱へ。
「良平く〜ん何か怒ってます?」
「怒ってないよ。」
良平は言葉とは裏腹な態度で先を行きながら、自分の靴の入った下駄箱を乱暴に開いた。
なんだかよくわからないけど、イライラする。
部活動をしている人よりも先に帰宅するから、下駄箱の人通りはまばらだった。
良平は先に靴を履いて昇降口を出た。
「あ、こらこら。もっと先輩いたわってよ。」
調子よくそう言って、慌てて杉野が後を追いかけて来る。
この人、どうしてこんなに俺のこと気に入ってんだろう。
自分の内側にあるモヤモヤした感情を喧嘩ばかりして吹き飛ばしてきた良平には、全くもって見当がつかない。
杉野はローファーをトントンと足に引っ掛けながら、そんな良平に追いついた。
まだ背の低い良平が、身長差を追い越してじろりと杉野のことを見上げた。
「ん、何?」
それに気付いた杉野がニコッと笑って良平を覗き込む。