5万ヒット記念小説>桜舞う季節 P7



明美に引っ張られるようにしてリビングにやってきた恭平は、二人の弟と談笑している青年を見てアッと声を上げた。

「…え?」
杉野が驚いて恭平を見て、あぁこの人が、と納得した。
この家の母親的存在で、弟妹たちの兄。
端正な顔立ちはその肩書きを全く裏切らない、落ち着いた印象を受けた。

しかし彼はその口元をあんぐりとして、恭平が杉野のことを指差した。
「あれぇ?なんか見たことある気がする…。」
「先輩有名だからじゃん。」
「兄貴の一つ下の学年だよ。」
良平と聡平が交互に答える。
恭平は二人にナルホドと頷いて、それから杉野を見、佐久間恭平ですと軽く頭を下げた。
杉野も自己紹介をしたが、疲れているのか恭平はすぐに部屋に下がってしまった。


「そろそろ俺帰ろうかな。あまり長くいても悪いし。」
杉野がそう言って立ち上がったのは22時頃。
もうすでに十分遅い時間帯であった。
「駅まで送りますよ。」
そう言って良平も立ち上がる。
「いいよ、暗いよ。」
「大丈夫ですよ、いつも通ってる道なんだから。」
「良平、じゃ途中コンビニでシャーペンの芯買ってきて。」
「はぁ?パシリかよ。」
「明美ねー、ガム。ガム買ってきて。」
「……うぜぇ。」

そして最後に、二人が玄関を出ようとした時にすぐ近くの自室から恭平がひょっこりと顔を出した。
「良、牛乳お願い。明日の分もうなかった気がする。」
「…さっきあったよ。」
「あれが最後。一本でいいから。」
「…あい。」
最後の恭平には割と素直に頷いて、良平は杉野の背中を押して玄関を出た。
これ以上頼まれてはついでではなくお遣いだ。

「兄弟で仲いいね。」
杉野は率直な感想を述べた。
暗い庭を突き抜けて、二人は裏口から道路へ出た。
霧のように細かい雨が降っていたが、傘を差さなくても駅までは行けるだろう。

「仲いいのかな。よくわかんねぇや。」
「いいと思うよ。良平の料理もうまかった。」
「…どうも。」
満更でもなさそうに顔を逸らして、良平は転がっていた石ころを蹴飛ばした。

「俺んち、他の家はどうか知らないけど、兄貴中心に回ってるんだ。」
良平がポツリと言った。
その声はとても無感情。
杉野は黙って頷く。
それを受けて良平は前を見つめたまま続けた。
「その兄貴にはさ、中学で問題ばっか起こしては迷惑かけてたから…もう世話かけたくないんだ。高校ではまともな生活を送って、なんつぅか、こう…青春を謳歌してやろうかと思ってて。」
「はは…。うん。」
「杉野先輩みたいに色んなことして楽しく過ごしたいと思ってるんだ。」

目の前の道はもうすぐ細い路地から大通りに出る。
その手前で良平がふと足を止め、嬉しそうに目を細めてニヘッと笑った。

「だから俺、杉野先輩のそういうとこ好きだなあ。すげぇ尊敬する。」

大通りを行き交う車のライトが、まだ幼さの残る良平の満面の笑顔を何度も照らした。
杉野にとっては時が止まったような瞬間だった。
たぶん、良平のこの言葉は言葉通りの意味で、それ以上でもそれ以下でもないのだろう。
無邪気な笑顔で照れ笑いをし、良平は先に大通りへ出た。
「もうすぐ駅ですよ、すぎ…」
「良平くん。」
「えっ?」
呼んでから杉野は一瞬躊躇した。

今想っていることを言ったら良平は困るだろうか。
少なくとも戸惑うのは確実だろう。
だが、今伝えなくていつ伝えられるだろうこの気持ち。
不思議そうにこちらを見ている良平に、杉野ははっきりと言い放った。
「俺も良平のこと好きだよ。」

言われた良平は目を点にしてきょとんとしていた。

「俺はお前が想うよりもきっとずっと好き。」

この時良平が本当のところどう受け止めたのか杉野にはわからなかったが、良平は怪訝そうに顔をしかめて笑った。
「はぁ、またぁ?」
「ほんとだって。」
「俺杉野先輩みたいにすごくないもん。今までろくなことやってきてないし…」
「河原崎を助けてくれた時、むちゃくちゃすごかったよ。あれは俺にはできない。」
「…それは瑞樹もじゃん。」
「瑞樹くんは俺のタイプじゃない。」
「……。」
タイプを持ち出されては反論できない。
言えるとすれば、一般大衆的に見てイケメンなのは岡田瑞樹の方である、ということくらいだ。
「俺は聡平と同じ顔だ。」
「顔のタイプじゃない。…あっ、いや顔もタイプっていやタイプだけど…。」
「はぁ?」
馬鹿にしたように首を傾げた良平は、それでも少し顔を赤らめて杉野を横目で見ていた。

「それってさぁ、いわゆる告白ってやつ?」
「うん。」
「愛の告白?」
「うん。」
「本気で?」
「うん。」

一本調子で答える杉野は少し楽しそうだ。
そんな様子に良平の調子が狂わされた。
男に告白なんてされたことがなく、むしろ女にすら告白された経験のない良平はどうしていいかわからなかった。

「…馬鹿じゃん。」
「うん。」

手に負えない。

「杉野先輩。」
「うん?」
「後悔しますよ。」
「いいよ。楽しけりゃいいんでしょ。俺、良平と楽しく過ごせる自信があるよ。」
「…。」
それはそうかもしれないが。


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