5万ヒット記念小説>桜舞う季節 P8



話しながら歩いていたせいか、家から最寄りの駅の改札が目の前に見えてきた。
良平が券売機を指差して杉野を見上げる。
「切符…」
「うん、買ってくる。」
そう言って杉野は制服のポケットから黒い財布を引き出した。
定期のきく範囲までの切符を買って、急ぎ足で良平のいる場所まで戻る。

「それじゃあ、気をつけて。」
待っていた良平は短く言って、避けるように改札の方を向く。
杉野は良平のことを覗き込んで聞いた。
「それだけ?」
「…は?」
「俺の告白の感想は?付き合おうとか、困るとか。嬉しいとか嫌だとか。」
「別に…。だって冗談でしょ?」

眉を寄せて杉野を見上げた良平は、杉野の様子を伺いながら顔を赤らめた。
信じられていないようだ。
杉野はそのまま肩を掴んで、キスの一つでもしてやろうかと思ったが、本気で拒否された場合には困るので、踏み止どまった。

まあ、いいか。

「冗談じゃないんだけど…一応言っとくと、俺は良平と付き合って二人でデートとか買い物とかいろいろしたい。」
「は…。」
「でもね、かなり急なことだし、別に嫌ならいいんだ。俺も良平もお互いのことはまだよくわかってないから。」
良平は黙ったまま。
不思議そうな視線で杉野を見つめていた。

「知っておいてほしかっただけ。俺はお前に惚れた。これは本当だから。」

電車が駅に近付いて来る音が遠くから聞こえてきた。
杉野がふと改札口の方を見やり、すぐに視線を戻した。
「今日はごちそうさま。また明日学校でね!」
明るく笑って杉野は良平から離れ、切符を改札へ通してホームへと消えていった。

後に残った良平は、杉野を乗せる電車が到着し発車してしまった後もしばらく呆然と佇んでいた。
顔や肩に当たる霧雨が冷たい。

「…マジで?!」

まったくもって信じられなかった。


ポロリ。
帰宅した良平からことのあらましを聞いた聡平は、ベッドの上でボリボリと食べていたおせんべいを手から滑らせて落としてしまった。
「……はぁ?」
「だっ、だから…杉野先輩、俺のこと好きだって。こっ…告白、されちゃった。」
「こくはくぅ?!」
「うわぁっ声でけぇし!!」
良平は聡平に飛び掛るようにして慌ててその口を押さえ込んだ。
その衝撃でベッドの上に落ちていたせんべいが大きくバウンドする。

のしかかってきた良平をどかして、聡平はコホンと一つ咳払いをした。
「…間違いないの?良平のそういうキャラ好きだなぁ〜とか、今日の夕飯の野菜炒めが好きだなぁ〜とか。」
「かっ確認した。愛の告白だって。」
「愛のこく、む、ぐ…?!」
聡平がまた大きな声を出しそうになったので、先手を打って良平が一足早く同じように口元を塞いだ。
「声がでけぇっ。」
「わー。ごめん。」
聡平が謝ったので、良平は手を離して足を抱えて座り込んだ。
一人分のベッドに二人で向き合って座って、聡平は落ちたせんべいを拾い上げた。

「…何その急展開。俺らまだ入学して二週間くらいだろ?」
「うっ、うん。」
「杉野先輩に会ったのだって、一週間くらいじゃん。」
「うん。」
「……物好きな…」
「!…っ物好きってなんだコノヤロ!!」
「声がでかいっ。」
今度は聡平の方が人差し指を口に当てて良平を制した。
腕を組んで考える。
良平はそんな聡平を見ながら顔を真っ赤にして足の指を左右交互に上げたり下げたりしていた。

「…俺、告白とか、されたことねぇから…。」
「だろうな、今までのお前に告白できる勇気を持った奴を見てみたいよ。少なくともまともな女ではいないだろうな。」
「うっさい。」
「真面目な話。そのお陰で俺はやたらとモテたけどね。」
「…俺のお陰かよ。なんかムカツク。」
「でもさすがに、俺も男にどーの言われたことはねぇなぁ…。」

二人してウーン、と同時に唸って黙り込む。
良平の中には杉野拓巳という存在のイメージはそれほど固まっていなかったし、ただ面白くて楽しい人だなぁ、くらいにしか思っていなかった。
強いて言えば、川のほとりで初めて会った時に追っ手から庇ってくれたその手際のよさがかっこよかったっていうか……
ラブレターのことといい駅前での告白といい、冗談言っているようにしか聞こえないのだが。
まさかからかわれたんじゃないだろうか?

「からかわれたかな…。」
「…さぁ…。」
「真剣に悩んだら後から後悔するかな。あの人冗談ぽいもんな。」
「…う〜ん…。」
良平の自分に言い聞かせるような言葉に、聡平はぱっとしない返事しかしなかった。
聡平の中の杉野は明るくて面白くて、笑える冗談は言っても嘘はつかないような人物だったからだ。
きっと岡田瑞樹もそういう印象を持っているに違いない。
三日前くらいに話した感じだと、瑞樹はかなり杉野のことを気に入っているみたいだったから。

聡平は顔を上げて、俯いたままの良平の肩をポンと叩いた。
「しばらく様子見てみたら。」
「え?」
「本気かそうじゃないか、見てみようじゃん。良平の気持ちはその後に伝えればいいと思うよ。」
「…すぐ返事とかしなくてもいいのか?」
「それは別に構わないと思うけど。杉野先輩急げって言ってた?」
「ううん。そんなことは一言も。嬉しいとか困るとか、そういうのは知りたがってたけど。」
「…どうなの?良平は。」
改めて聞かれると言葉に詰まる。
どうなのって…

「…わかんない。」
「だろうな。」
顔を見合わせて、二人して同じような溜息をついた。
杉野拓巳。
今までにない、なんだか不思議な人物だった。


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+表紙+