5万ヒット記念小説>桜舞う季節 P9



「昨日の雨でほとんどの桜が散っちゃった…。」

保健室から校庭の桜の木を眺めていた二宮は、隣にいる相田に声をかけた。
「そうですね。」
相田は軽く答えて、生徒の健康診断票をあさっている。
どうやら新しいクラスの生徒に一人不備が出たらしかった。

「相田先生、男でも季節の草花を愛でる心を持たないといけませんよ。」
「わかってますよ。でも今はそれどころじゃないんです。」
「…無感動ですねぇ。」
「じゃ、今度お花見でも行きますか?」
「もう散っちゃってますって。」
「穴場を知ってますよ。少し山登りですけど。」
「……行きます!!」
勢いよく食いついてきた二宮に苦笑して、相田は再び手を動かし始めた。
「あ、ありました。」
「よかったですね。」
「それじゃ、失礼しました。」
相田は軽く二宮に頭を下げて急ぎ足で保健室を出て行った。
最近はやたら忙しそうだが、お花見の約束をしてくれただけでもよしとしよう。

禁煙家の相田がいなくなったところで胸ポケットから煙草とライターを取り出して、二宮はシュボッと火をつけた。
朝の様子だと晴れそうだから、今日はきっと残りのきれいな桜を見ることができるだろう。
そんなことを思っていると、今度は駆け足で甥の杉野拓巳が入ってきた。
ガラガラっと勢いよくドアを開け、バタバタと足音をさせて入ってくる。
「咲斗!」
「何、朝から騒がしい。」
「お、お願いがあるんだけど。」
「お願い?……何、気持ち悪いなぁ…。」
二宮は眉を寄せて不審がり、銜えた煙草を口から話して煙を吐いた。
杉野が煙たそうに顔の前で手を払う。

「咲斗さ、普段ここで、相田先生と何やってる?」
「……は?」
突然の質問に、否が応でも目が点になった。
何やってるかって?
…そもそも相田先生がここによく来ることを何故知られているのか。

「別に、何もやってないよ。お話してるだけ。」
「本当に?…それさ、大声で言える?」
「…。」
「母さんにも言っていい?校長には?教頭には?」
「たっ妙子さんには言わないで。校長…ってか教頭とか…も、困る…。」
突然慌て始めた伯父を見て、杉野がニヤリと笑った。
あ、この顔、何か企んでいる。
「…参ったな。お願いって何。」
「あのね。」
杉野は二宮の耳元に口を寄せて、誰にも聞こえないように囁いた。


「はよ〜。」
朝、良平は一緒に来た聡平と教室の前で別れてドアを開けた。
すぐに瑞樹が寄ってきて、くだらない話をし始める。
「昨日お前と別れた後、杉野先輩に告ってた隣のクラスの女子んとこ行ったわけ。そしたらさ、その子とは話できなかったんだけど、一緒にいた女子とは仲良くなれちゃってさ、カラオケ行ってきたんだ。牧村って奴が面白い奴で、いろいろ話を聞いてき…おい、良平?聞いてる?」
「えー。…うん。」
「元気ねぇじゃん。なんかあった?」
「…あった。」
「なに?」
瑞樹が心配そうに聞いてきた。
イイ奴だなあ、なんて思いながら良平が見上げると、瑞樹が顔をしかめた。
「…何。そんな求めるような目で見んなよ。俺、お前は駄目だ!女の子がイイ!!」
「あほかっ!!」

少しでもイイ奴だと思った俺が馬鹿だった。
後悔した頃には今の会話を聞いてクスクスと笑うクラスメイトが何人か。
瑞樹は純粋に笑いをとったことを喜んでいるようだった。

いつもならここで調子に乗って畳み掛けてくる良平の勢いがないことに気付き、瑞樹は真剣な表情をしてもう一度覗き込んだ。
「マジで何?どしたの。腹でも痛いの?」
「…告られた。」
躊躇しつつ呟いた良平の言葉に、瑞樹の動きが硬直した。
フルフルと震えだし、嬉しそうに顔を赤らめる。

「えっえっ、マジで。誰に!すげぇ、良平にも春が来たぁ♪」
「どういう意味だよっ!」
「いやぁ、心配してたのよ、お前女っ気全然ねぇから。」
「…全部お前が取ってくからだろっ。」
「そんなことねぇよぉ。で、誰なの?何組?」
嬉々として聞いてくる瑞樹の顔をまっすぐ見れない。
ここまで言われて告白された相手が男だと知られた日には……


「なあ、誰なの。付き合ってんの?」
「…告られたばっかで付き合えるかっ!」
「えっ。そんなもんだろー。俺見知らぬ女に告られてオッケーしたことあるよ。二週間で別れたけど。」
「早すぎ。」
「要はタイプでありゃいいんだって。」

タイプ。

「…。」
その言葉に沈み込んだ良平を見て、瑞樹がきょとんとした顔をした。
「え?何?俺なんかマズイこと言った??」
わけがわからずオロオロとして、隣の席の椅子を引っ張ってきて良平の脇に腰掛ける。

「教えろよ良平。わかんねぇなら俺が教えてやるからさ。」
「…驚かない?」
「うん。」
「馬鹿にしない?」
「しない。」
「ほんとに?」
「信用ねぇなー。俺がそんな小さな男に見えるわけ。」
「…告ってきた相手が杉野先輩でも?」

様子を伺うようにして、ぼそっと言った良平の言葉に瑞樹の笑顔が固まった。
固まった表情のまま、良平の顔をもう一度だけ覗き込む。

「…はい?」

瑞樹の中で、時が止まったような瞬間であった。


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