5万ヒット記念小説>桜舞う季節 P10
早く咲いた桜から散っていく。
舞い散る桜の花びらを、地面に落ちる前に手に取ることができたら、想い人と両想いになれるのだとか。
「信じる?」
「信じない。」
「じゃあ、取れたら信じて。」
初めて良平と会った桜の木の下で、杉野は立ち上がって落ちてくる桜の花びらに向けて手を伸ばした。
その光景を、木の幹にもたれながら良平はじっと見ていた。
この男、どうやら本当に本当らしい。
今日も杉野は掃除の時間に箒をスケート代わりにして廊下を滑る遊びを仲間としていて、職員室に呼び出されていた。
プリントを取りに来た良平はその光景を見たが、彼に気付いた杉野はニヘッと嬉しそうに笑って手なんかを振ってきた。
不真面目な態度に生活指導教諭の怒鳴り声が響いて、杉野がウヘェと罰の悪そうな顔をする。
とことん変な奴だと思った。
事情を知った聡平や瑞樹が杉野についていろいろ噂話を集めてきたりしたが、どれもこれも褒める話ばかりで誰も彼を非難する者がいない。
教師にも聞いてみたが、とりあえず良平のクラスの担任は、彼について嫌っている様子はなかった。
「よく学校の備品をふざけた拍子に壊すけど、根は優しくていい子。」
というのが通説のようだ。
そんな男が、どうして自分なんかに惚れたのか今いちよくわからない。
杉野は風に舞う桜の花びらにまみれて一人ではしゃいでいる。
「取れたっ!良平、取れたっ!」
「あー。おめでとう。」
嬉しそうに一枚の桜の花びらを指でつまんで、杉野が良平の方へ駆けて来る。
手に持った一枚の花びらよりも、肩や背中についた花びらの方が圧倒的に数が多い気がする。
「両想い。」
「そっ、そんなことわかんねぇじゃん。」
「そうかな?」
杉野はふふ、と見透かしたように笑って、ぐいっと顔を近づけてきた。
「!」
柔らかくて暖かいものが、唇に触れた。
あっと思った瞬間にそれは離れ、目の前には杉野の満面の笑み。
「チューしちゃった。」
「……っ!!」
良平の頬が見る見るうちに上気していく。
「ばっ…ばか…っ!」
「ん?」
「俺のファーストキス!!返せよ!!」
「えっ?!」
怒りを露にする良平とは裏腹に、杉野は驚き半分喜び半分の笑いを浮かべた。
一瞬の出来事過ぎて、記憶から消しても誰にも文句は言われなさそう。
でも……
「ファーストキスだったのか〜。ご馳走様!」
「ふっふざけんな…。お前!受験勉強はどーした!やれよ!!」
「やってるってば。でもそれと同じくらい、良平のことが気になるんだ。」
「自分の将来と俺を天秤にかけんなっ。」
「良平くんの口から”将来”という単語が出てこようとは…」
「どういう意味だ!!」
「いてっ。」
良平が思い切り杉野の背中を叩き、むすっとして立ち上がった。
下に敷いていた桜の花びらを叩き落とし、良平は土手を下っていく。
川のほとりで小石を拾い、それを水面に向かって平行に投げた。
小石が水面で5、6度跳ねて、ぼちゃりと沈み込んだ。
「すげー。俺そんなに跳ねたことねぇよ。」
「そう?簡単だよ。石さえいいの選べば。」
良平はそう言ってもう一度地面から石を拾い上げ、手の上で何度か跳ねさせてから、再び振りかぶった。
水面に平行になるように体をしならせて、全身で投げるそのフォームには無駄がない。
「良平って、運動神経いいでしょ。」
「まぁね。それだけが自慢。」
「部活やれば?」
「…やだ。面倒だし。」
良平はパンパンと手についた汚れをはたいて、腰に手を当てて川の流れを見つめた。
そのしゃきっとした後姿が、見ていて気持ちがいいと杉野は思う。
しばらく沈黙した後、良平が振り向いた。
土手を登って杉野の隣まで来、自分の鞄を持ち上げる。
「もう帰ろうぜ。」
「いいよ。今日は良平の料理当番?」
「そう何度もあってたまるか。いつもどおり兄貴だよ。」
「なーんだ。」
「また来るつもりだったのかよ。」
「うん。」
「ちぇ。」
二人で帰るのも、ずっと昔からやってきたように慣れてきた、4月の終わり。
最後の桜が散って、杉野はとある決意を固めた。