5万ヒット記念小説>桜舞う季節 P12
「やっ…やめろって!杉野!!」
渾身の力を振り絞って、良平は杉野の体を押し返した。
ベッドの上で肘をついて後ろに下がった良平は、顔を真っ赤にして呼吸を整える。
杉野はペロリと舌で唇を舐めて良平を見下ろした。
その舐め方が、ドキリと良平の心臓を捕らえる。
「こ、困るから…本当に…。」
「困る?キスって、こういうもんだよ。」
「違う…俺、お前のことまだよくわかんねぇし…。」
「そうだね。俺も良平のことわかんないことたくさんあるよ。」
まっすぐとこちらを見て堂々と言い放つ杉野を見ていられなくて、良平は伏目がちに杉野から顔を逸らした。
「良平。」
「なっなに。」
「ちゃんと俺のこと見て。目を逸らさないで。」
言われてはっとして、良平は杉野の方に視線を戻した。
すると彼は不安そうな瞳をふっと和らげた。
自嘲するように笑って、良平から離れていく。
杉野は少し離れた場所に座りなおして、前髪を掻きあげた。
「あ〜危なかった。良平に嫌われちゃうところだった。」
「え…?」
「本当は、アレ以上やっちゃおうかと思ったんだけど。嫌でしょ?」
さらりと言って良平の顔を見て、ふふ、といつもの得意な笑顔で笑った。
「良平がいけないんだよ。俺の心を乱すから。」
「…はぁ?」
良平はドキドキと今でも高鳴っている胸を押さえて体勢を整えて、杉野の様子を伺った。
彼は楽しそうに、しかし少し寂しそうに窓の外を眺めていた。
「良平。」
「ん。」
「俺は本気なんだって。わかった?俺はお前と、デートも買い物も、キスもセックスも、全部したい。お前について知らないことは全部知りたい。」
「…。」
こんなストレートな物言い、されたことない。
今までつるんできた奴らは、自分のことは自分だけ知っていればよくて、他人のことなんて鼻にもかけないような奴らばかりだったから。
強いて言えば、自分以外のことで気になったのは唯一の友人と呼べる瑞樹だけだ。
「…どうして、そこまで俺のこと気になるんだ。お前に似合う奴はもっと大勢いるだろ。」
「似合うとか似合わないとかじゃないの。他の大勢よりも、俺は良平一人でいい。」
「…どうして…。」
良平には皆目この男の思考回路がわからなかった。
どうしてこうも一人の人間に固執できる?
家族でもあるまいし……
「良平ってさ、人のこと好きになったことある?」
「え…?」
「どうしても好きで、話してみたくて、一緒にいたくて、一緒にいると楽しくなれるような人に、出会ったことある?」
「…。」
じっと考えてみるけど、思い浮かばなかった。
一緒にいて楽しくなれる人物はたくさんいるが、そこまでして自分から望んだことはないような気がする。
「大切で、失いたくなくて、大好きだと思える人。今までにいた?」
「…そんな奴、いない…。」
「いない?そんならさ。」
杉野が良平の方を見た。
少し離れてから、初めて。
「そういのやってみるのも、いいんじゃない?」
そんな言い回しは卑怯だ。
良平は反論しようとしたが、杉野が再び動いたので口を閉じた。
今度はゆっくりと。
こちらの動きを伺うようにして迫ってきた。
「ね。良平。」
「なっ何…」
「顔が赤いよ。」
「うっ、うるせぇ…」
「キスしよ。」
「…。」
「嫌なら舌、入れないから。もう一回だけ…」
どうして、動けなかったのだろう。
良平は杉野のキスを受け入れた。
柔らかくて、暖かくて、杉野の体のちょっとした匂いが鼻を掠めた。
手が震えた。
こんなに緊張したことってないくらい、変な汗が手に滲む。
少しだけ目を開けると、目の前に、杉野のまつげが見えた。
目を閉じて、キスしてる。
どうやら杉野も少し震えてるみたいだった。
緊張してるのかな……
良平は少しだけ身を引いた。
追ってくるかと思ったが、杉野はそこで唇を離した。
どうやらこちらが嫌がるようなことはしないというのは本当らしい。
「よかった。キスもさせてくんなかったら、俺の希望が全部なくなるとこだった。」
そう言って杉野は嬉しそうに微笑む。
なんだか調子を狂わされてばかりだ、この男には。
「ねぇ、杉野センパイ。」
「はい、なぁに。」
「セックスって、どうやんの…?」
良平の言葉に、杉野は我が耳を疑うかのように目を見開いて、良平のことを見た。
「なっ。良平…?」
「エッチのことでしょ。俺、そういうのやったことないから。」
「…。」
「やる?」
あの時掴んだ、一枚の桜の花びらの魔力だ。
今のこの光景を、杉野はそうでも思わない限り信じられそうになかった。