▼佐久間恭平くん誕生日企画06
03:竹本
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「竹本…」
机の上で書類に埋もれていた孝平は、恨めしそうな声を出した。
彼の秘書、竹本伸彦が振り返る。
「はい?」
至って真面目顔である。彼に任せておけば全ての会議が五分前に始まるだろう。
そんな彼を孝平は信頼していたし、心を許してもいた。
だが、しかし。
今日に限って言えば文句の一つでも言いたくなる顔に感じた。
「…今日は午後には帰りたいと、言ってなかったかな?」
「伺っております。」
「ではなんなんだろうか…この書類の量は。午前どころか今日中に終わるかどうかも怪しいぞ。」
「不可抗力ですよ社長。今日中に終わらなければ明日に回していただいても構いませんから。」
この男は“不可抗力”すら計画的に起こしたとでも言うのか。
確かに次の日に回したのでも良さそうな書類が幾枚か混ざっているが、それなら初めからそうしてもらいたいものである。
今日見せられると片付けてしまいたくなる。
「まったく…君は意外と意地悪だな。」
わざとらしくため息をついて、孝平が座り直す。
竹本は心外ですと言わんばかりに眼鏡をかけ直し、孝平の側に立っていた。
今日、この日に午後には帰りたいなんて、そんな要望すぐには叶えてあげられない。
彼が考えている人は出勤日ではないし、何よりその人の特別な日であることは既知である。
早く帰るのは何のためなのか、簡単に予想がつく。
孝平のことだからこの場も上手くやり過ごしてそう遅くなる前に目の前からスルリと消えてしまうのだろうが、せめてもの抵抗をしてもいい。
ただの時間稼ぎに過ぎないことは自分でもわかっている…。
竹本は時計を見た。
社長室に孝平が閉じこもって一時間…いや二時間は経過した。
そろそろいいかと思い、コーヒーメーカーからコーヒーをカップに移し、ミルクと砂糖をお盆に乗せて給湯室を出た。
社長室の扉をノックして中に入ると、数分前に出たときと同じ体勢のまま孝平が座っていた。
すごい集中力だと感心しながら近付く。
「社長。コーヒーはいかがですか。」
「うん…そこに置いといてくれ。」
孝平はあっさりと答えてボールペンを握り直した。
黙って言うとおりに指差された場所へ盆を置く竹本。
もう一度時計を見た。
「社長、お昼の時間ですが。何か取られますか?」
「いや…いらない。」
上の空で答えてボールペンを走らせている。
竹本はその顔を覗き込んだ。
「出前を取りましょうか。」
「いらん。」
「なぜ?」
「…帰って食べると言ってしまったんだ。もったいないだろう。」
孝平は食事に遅れたことに不機嫌そうだ。
竹本は肩を竦めて溜め息をついた。
ここまでが限界か。
「では社長のお腹の虫が泣く前に、帰らねばなりませんね。」
「ああ。」
「今お書きになっているものが終わったら、どうぞご帰宅なさってください。明日までにこれら全て、私が整理して並べておきます。」
「え…?」
予想外の許しの言葉に孝平が顔を上げた。
「早くお帰りになってください。今日は恭平さんの誕生日でしょう。」
「…やっぱり知ってたのか。」
「当たり前です。」
竹本は諦めたように目を閉じた。
そして胸のポケットから小さな紙袋を取り出した。
「匂い袋のようなものですが。恭平さんに似合うと思ったのでつい一つもらってしまいました。」
「は…?」
孝平がつい、間抜けな声を出して口を開けた。
まさか竹本から、息子へのプレゼントがあるとは思わなかったからだ。
ただの息子ならまだしも、彼にとっては恋敵にあたる人物だというのに、恭平は。
「社長から渡しておいていただけますか。母が得意なのですよ、こういった小物を作ること。」
「…。」
孝平は呆気にとられてしばらくポカンとしていたが、やがてそれを受け取った。
「お誕生日おめでとうございます。」
「ありがとう。ちゃんと伝えておくよ。」
孝平はまるで自分が祝ってもらったかのように、嬉しそうに微笑んだ。
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