▼佐久間恭平くん誕生日企画06
04:矢吹
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孝平は静かに玄関の戸を開けた。
靴が恭平のもの一つだけしかないのを確認して、ゆっくりと扉を閉じる。
音をたてないように鍵をかけ、靴を脱いだ。
廊下を抜けてキッチンへたどり着くと、恭平の声が聞こえてきた。
「うん…今、家。そうそう出勤日なんだけど、お休みもらったんです。だから明日は代わりに行きますよ。」
話の内容と口ぶりから会社の関係者だと想像がつく。
恭平はこちらに背を向けてイスに座り、携帯電話で話しているようだった。
楽しそうに笑いながら話している。
孝平は一歩前に出てみた。
恭平の背中が見える。
シャワーを浴びたのか、近付くと鼻孔をくすぐる甘いシャンプーの香りがした。
電話の相手は、今日も例に漏れず営業回り中の、矢吹博人だった。
『じゃあ昼は一緒に食えないなぁ。俺も今外だし、ちょうどいいけど。』
「そうですね、すみません。外でご馳走でもいただいてください♪」
『…なんか楽しそうだなあ。今日は何かあるの?お休みまで取って。』
恭平は笑って頭の裏をポリポリと掻いた。
後ろで孝平が、壁に体重を預けて楽しそうに眺めているとも知らずに。
「今日は…誕生日なんです〜。」
『へえ?誰の?弟さん?』
「違います…俺です、俺。」
『ああ。………………っえぇええぇええぇえ!?』
矢吹が受話器の向こうで絶叫した。
耳がキーンとなるので携帯を少し離してみるが、それでもなお聞こえてくる叫び声だった。
もちろん孝平にも聞こえた。
相手は矢吹か。
『う…うそぉッ!?そうなの?まじで?』
「はい。そうです。誕生日なんです〜。」
『まじ…っ、おめでとう!!全然知らなかったよ…何か用意すればよかったなあ。』
「はは。いいですよ別に。気にしないでください。」
『いやいやそういうわけには…。だって、ねぇ?』
「…ん?」
恭平は首を傾げた。
「なんですか?」
『だって…好きな人の誕生日は、祝ってあげたいよ、俺。』
「…。」
急に真面目な声で言うから、恭平は言葉を無くして黙り込んだ。
『あっ、今困ってる?困らせるつもりじゃないんだ…もちろん恭平くんの気持ちは知ってる。し、社長の気持ちも、わかってるつもり。』
「…。」
『なんてゆーの?俺にとってお前は好きな人だけど、お前にとって俺は友達でもいいから、今は。』
「…。」
『友達として側にいられるだけでいいから。』
「そ、そんな…。」
『人として、誕生日を祝いたいって言うか…ほら、恭平くんが弟さんの友達の誕生日を祝うのに、別にやましい気持ちはないだろ?そんな感じ。わかるかなぁ?』
矢吹は必死になっていた。
恭平にもそれが伝わるので、つい微笑みを零した。
「はい。かわりました。じゃあ今度ご飯でもおごってくださいね。」
『あ、よかった。うん、喜んで。』
「そろそろ戻らないと、大丈夫なんですか?」
『そうだね。いいタイミングで気付いてくれました。』
「あはっ。」
『じゃ、また明日。』
「お疲れ様です。」
『誕生日おめでと!』
「ありがとうございます。」
恭平は携帯を切って画面を見つめ、慌ただしく仕事に戻っていくだろう矢吹を思い浮かべて微笑んだ。
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