明美 P2



その夜、八時ごろに、いつもより早めに聡平が帰宅した。
その頃には明美の作ったサラダや和え物がテーブルに並べられていた。

「うっわ。なんだこの豪勢な料理。明美か?」

開口一番に聡平は顔をしかめて言った。
「お帰り聡ちゃん!」
「あ。やっぱ明美かよ。塩と砂糖間違えてねーだろな。」
「今回は大丈夫!恭平兄さんに逐一確認してもらったから。」
明美は恥じることなく笑い飛ばした。
聡平はそれを聞いて安心したのか、荷物をリビングのソファに置いた。
被っていた帽子を脱いで、髪を掻き毟る。

「あっちぃーな。あ、兄貴、良平は飲み会だって。」
「ああ。さっき連絡があった。」
料理を運んでいた恭平が、その足を止めて答えた。
「明美、なんなら呼び戻そうか。お前の料理食えって。」
聡平が問いかけたが、明美が首を振った。
「いいよ。帰ってきたらきっと食べてくれるもん、良ちゃん。」
「ま、それもそうだな。」
良平は、普段は人の気持ちも考えないような暴言を多々吐いたりしているが、こういうところでは律儀なのだ。

「それじゃ。いっただっきまーす♪」
三人でテーブルを囲み、手を合わせてから箸を掴んだ。
聡平は疲れているのか、がばっとサラダを皿によそって、一気に食べ尽くした。
「なかなか美味い。」
「馬鹿、サラダなんだから美味しいに決まってるでしょ!」
「あ、ばれた。」
聡平は良平とそっくりの顔でにやりと笑って、それからも次から次へと料理を口に運んだ。
そのスピードに半ば呆れつつも、恭平はゆっくりと箸を進めていた。

「父さんは?」
「出張だそうだ。」
「ふぅん。」
聡平は、自分で聞いたのにも関わらずあまり興味なさそうに返事をした。
「あの竹本って秘書?俺、あいつ好きじゃないんだよね。」
「へぇ?なんで?」
恭平は週三日、同じ職場で働いているので、その話題には少しだけ興味が沸いた。
「あいつ、俺達のこと馬鹿にしたような目で見る。特に、兄貴と良平。」
「え?俺も?」
意外だった。
いつもニコニコ笑っているようなイメージしかないが…。
「俺はそれなりの大学行ってるしね。一応勉強はできるんであんまり敵視されてないけど。」
「なんだよ。俺だってそこそこの大学出だぞ。」
「でも就職決まってねーじゃん。」
「…そうだけど。」
聡平があまりに核心をつくものだから、恭平は反論できなかった。
「良平は見るからに遊び人だし。黙ってれば俺と見分けつかないのに、口が閉まっちゃいない。」
「良ちゃんに黙れというのは酷だわよ。」
「ま、黙れとは言わないけどさぁ。」

「あたしは?」
「お前は家にいないからほとんど会ってないだろ。」
「いるわよ。父さんがいない時はね。」
「竹本が来るのは父さんがいる時だろーが…。」
聡平が呆れて力なく言った。
明美がペロリと舌を出した。
「それに、お前やたら外面いいしな。第一印象の掴みはバッチリだし。」
「そっかな?」
明美は満更でもないという感じで、嬉しそうに笑った。

「お前は人の出入りの多いとこで働いたほうがいいよ、絶対。」
聡平はそう言って、唐揚げの残りを口に放り込んだ。
「そ、そう?」

恭平は夕方のスーパーでの明美の話を思い出した。
聡平も、きっと明美が美容師の勉強をすることに賛成してくれるであろう。

「おかわり。」
聡平は無造作に茶碗を明美に差し出した。
「…うん。」
大人しく茶碗を受け取って、席を立つ。
そんな明美に聡平は違和感を覚えた。

「…何、明美の奴、ヤケに素直なんだけど。なんかあった?」
小声で恭平に聞いてくる。
恭平は声を出さずに笑って、コップのお茶を飲み干した。


「美容師?…そりゃまた大変な夢だな。」
聡平は、明美の話を聞いて素っ頓狂な声を上げた。
恭平と明美がまだ食べているというのに、彼はすでに満腹でコップをくるくると回している。
明美はなんともいえない緊張に包まれて、箸をおいていた。

「だめ、かなぁ。」
「いや…。まあ、やってみたら。」
聡平は、あまり興味なさそうに答えた。
「でも相当なお金がいるんじゃないのかな。」
「…そうかも。」
「お前の大嫌いな親父に頼み込めば、どうってことはないだろうけどな。」
「…そうなんだよね。」

明美がしょんぼりと肩を落とした。
それでも、その背中には絶対に頭なんて下げたくないというオーラが漂っている。
恭平は軽く嘆息した。


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