家出 P5
「ああ…っ。はっはあっ。」
恭平が終わったことに安堵し、ぐったりとしていると、孝介が耳元で囁いた。
「今日さ…、兄さんの寝る寝室の隣でまたこういうことしよっか。きっと、スリルあるよ。」
その言葉に、恭平は顔面が蒼白した。
この人は、ただ甥を犯しただけでは満足せずに、実の兄まで裏切って快楽に溺れようというのか。
目の前の人物を、これほど疑ったのは初めてだった。
「…ふざけないでくれ!」
恭平は急いでズボンを履き、孝介を突き飛ばして台所を出た。
ちょうどその時に良平が風呂場の扉を開けて廊下に出てきた。
「…兄貴、どうした?」
良平はぎょっとして、向こうから歩いてくる恭平を見た。
滅多に怒った表情を見せない兄が、怒っている。
「…どうもしない。」
すれ違いざまに小さい声で良平に呟くと、そのまま小走りに靴をつっかけて玄関を出て行ってしまった。
…泣いてた?
良平はしばらく呆然と兄の出て行った扉を見つめていたが、ふと我に返って台所へ向かった。
そこでは、叔父の孝介が、フライパンを持って茄子とベーコンを炒めていた。
「…叔父さん。」
良平は遠慮がちに声を掛けた。
「どうした?」
孝介はいつもどおりの笑顔で振り返った。良平には何も変わったところは感じられない。
「兄貴が…」
「ああ、何か会社に忘れ物でもしたのかな?急いでたみたいだったけど…。」
良平は、自分でも気付かないような心の奥底で、何か違和感を感じた。
兄貴が忘れ物くらいであんな表情をするだろうか。
右足を引きずっているのにあんなに急いで…まるで何かから逃げるみたいだった。
叔父はいつもと変わらない様子で台所に立ち、腕を揮っている。
良平は、食卓の椅子に置いてあった鞄から、彼の携帯がのぞいているのを見た。
携帯電話まで持たずに…。
良平は顔をしかめて佇んだ。
家を出た恭平は、どこをどう走ったのか、気付いたら見知らぬ砂利道を歩いていた。
自然に涙が溢れそうだった。
どうして、こんな気持ちになっているのだろう。
叔父さんは、いつも優しいいい人だった。
それが、いつからだったろう。
…父の孝平と関係を持ってから1年経った頃だったろうか。
父の留守に恭平の家に遊びに来た叔父は、酔った勢いで恭平の寝込みを襲ってきた。
何も、抵抗できなかったのを覚えている。
初めは父さんかと思った。仕事が思ったより早く終わったから、帰ってきたのかと。
寝ぼけていた。
でも、そのうち、違うと感じ始めた。
いつもと抱き方が違う。愛撫の仕方が違う。
そして、その時に言ったうわ言から、恭平と孝平の関係が孝介にバレた。
それから、年に何度か、ああいう風に無理矢理犯されることが多くなった。
孝介は、決まって恭平と孝平がしばらく会えないような時期を狙ってやってくる。
そして、恭平を心行くまで堪能した後は、またしばらくはやってこない。
だから、今まで孝平にバレたことは一度もないし、恭平としては今後もバレてほしくなかった。
先程傷つけられた股間が、走るたびに痛んだ。
自分でもどこに行きたいのかわからずに、ただただ何処かに向かって足早に歩いていると。
地面の砂利に足を捕られて、そのまま転倒してしまった。
「うわ…!」
小さな石と、前についた手がぶつかってひどい音をたてる。
すぐさま起き上がろうとして、恭平は左の足首に激痛を感じた。
「…っ」
どうやら転んだ瞬間にひねってしまったらしい。
恭平はそこで始めて、冷静になった。
今まで昂ぶっていた感情が急速に冷めていく。
呆然と、道の向こうと反対側を交互に見つめた。
どちらからも、人の通るような気配はない。
日も落ちかけているこんな時間に誰かの家の裏のような小道を、通る人間はそうはいないだろう。
辛うじて光っている電柱だけが、頼りになる明かりだった。
携帯も家においてきてしまった。
立ち上がろうとしてみるが、右足がうまく使えないためどうしても左足に体重がかかり、そのせいでどうしようもなく足首に激痛が走る。
何度試みても立ち上がることができなかった。
途方に暮れるしかない
そのうちに、ぽつぽつと、雨が降り始めた。