家出 P7
沖田青年は、そんな彼をまじまじと見つめた。
見た感じ、高校生よりは上だと思うんだけど。
家出して迷子?
沖田は思わず苦笑した。
「じゃ、俺の住んでるアパート来る?俺、沖田って言うんだけど。」
「わ、悪いからいいです。」
「馬鹿言うなよ。このままじゃ肺炎になって死んじゃうぞ。」
「…。」
さすがに彼も拒否することをやめた。
それは確かに、彼が、自分の体力が相当落ちてきているのを実感しているからに違いなかった。
「ほら。名前は?遠慮すんなよ。」
「…佐久間。佐久間恭平です。」
「俺の隣に医大生が住んでるからさ。見てもらお。ね。」
「そ、そんなしてもらったら…あ、いたっ!」
立ち上がろうとしてよろけた恭平の体を、沖田が掴まえてささえた。
恭平も背は高いほうだが、沖田はそれよりも少し大きかった。
座っていたのでわからなかった恭平の背丈に沖田は少し驚いたが、それでも弱々しい存在に思えた。
そう、あれだ。捨てられた子犬。
…子犬にしちゃ、デカいけどな。
ほとんど沖田が恭平を肩に担ぐようにして、二人は沖田の住むアパートにたどり着いた。
恭平を狭い玄関に座らせると、そのまま外に出て隣の家のドアを叩いた。
しばらく話し声が聞こえて、沖田ともう一人が玄関に現れた。
「びしょ濡れだな…。どうしたの、この人。」
「何でもいいから手伝ってよ勘ちゃん。医者になるんだろ?」
恭平の頭は今、思ったよりもひどく朦朧としていた。
さっきまで寒かったのに、今度は何だか体が熱い。
恭平は沖田と、勘ちゃんと呼ばれた背の低い青年に運ばれて風呂場まで来た。
沖田が奥から自分の服を持ってきて手渡した。
「ほら、これに着替えなよ。タオルは、これ。」
言われるがままに着替えを済まし、またまた運ばれて今度は一つしかない部屋に来た。
「汚い部屋だねぇ…。」
「うるさいっ。」
勘ちゃんこと勘太郎青年を怒鳴って、沖田はテキパキと部屋に散らかったものを端に寄せて、一枚しかない布団を引いた。
その様子を呆れた目をして見ていた勘太郎が、恭平の方を向いた。
「…大丈夫?あんまり顔色がよくないけど。」
「あ、はい…たぶん。」
嘘をついた。
さっきから、呼吸がうまくできない。体も熱い。
「はいよッ!恭平、ここに寝なよ。ホラホラ遠慮すんなッ」
沖田は恭平の体を支えて布団まで連れて行き寝かせて布団をかけてやった。
「体が冷えてる。しばらく眠ったほうがいいよ。」
「あの…でも。」
「俺もそう思うな、えっと…、恭平、さん。」
勘太郎もすぐさま同意した。
どうせ足は使い物にならないのでここを動けないし、何より沖田と勘太郎の笑顔が恭平を安心させた。
暖かい。
「すいません…。このお礼は、必ず。」
「気にすんな。朝になったらまた考えよう。」
沖田は力強く頷いて、恭平に笑いかけた。
勘太郎が恭平の額に手を当てて何か言っていたが、恭平の耳には届かなかった。
深い眠りに落ちたようだ。
その頃、佐久間家では家族全員が家を出たり入ったりしていた。
恭平が出て行ってから二時間後、違和感が不安感へと変わった良平は、寝ている聡平を起こして相談した。
この時彼が、年上の叔父に相談しなかった理由は、定かではない。
ただ良平は、思うところがあった。
それは前から薄々感じてはいたことだったのだが、今日確信した疑念だった。
聡平は、すぐに孝平に連絡したほうがいいと言った。
良平は嫌がったが、そうも言ってられないので仕事中の父の携帯に電話を入れた。
案の定、出ない。
仕方ないので留守電にメッセージを残し、会社にも電話を入れてみた。
今日は出張だそうだ。
急ぎの用だと言うと、一応連絡を取ってみると言ってもらった。
その間に聡平が明美に電話をかけた。
彼女は必死の形相で、すぐに帰ってきた。
事情はよくわからない。でも、兄が出て行ったまま帰って来なくて、外は雨だ。
それだけで、彼女は泣き出しそうなほど動揺した。
良平は明美を聡平に任せて、傘を持って家を出て、近くを兄の姿を求めて探し回ってみた。
…すぐにわかるようなところにはいない。
途中で恋人の杉野に電話をかけて、バイクで近くを探してもらったが、いない。
雨はひどくもならないが止む気配もなく、降り続いていた。