家出 P8
ノー天気な良平でも、本格的に心配になってきた頃、父の孝平から連絡が入った。
『留守電を聞いた。…それで。恭平は?』
「近くにはいねぇ。雨だしあの足だし…そんな遠くには行ってないと思うんだけど。」
『同感だな。』
「兄貴の携帯、家にあんだ。エプロンつけたままだったし…兄貴もすぐに帰ってくるつもりだったと思うんだ。」
『…。』
孝平に、昔の事故が思い出された。
恭平がまだ小学校の四年生の時だったか。
夜になっても帰ってこないと、会社に妻の愛から電話があった。
その時は仕事のほうがやっと軌道にのった頃で、孝平はもう少し待ったら帰ってくるだろうと言ってあまり相手にしなかった。
今から考えたら、あんなに迷惑をかけないように気を遣っていた息子が、何も言わずに帰って来ないなんてことはありえないのに。
小学校からの帰り道での、交通事故だった。
それを知らされたのは事故から三日後だった。
『近くに、パトカーや救急車がいたりしないか。』
「…!いや、見てない。音も聞いてないと思う。」
良平が割りとしっかりとした口調で答えた。
孝平は気持ちを落ち着かせると、軽く溜息をついて言った。
『…すぐに帰ろう。今からだと…日付が変わるかもしれないが、きっと帰る。』
「ああ。」
良平には少し意外だった。
でも、心強いことこの上ない。
いつも頼りにしている兄がいないのだ。やはり、少しでも大人の人がついていてくれるほうが落ち着く。
良平は、孝介が家にいることを黙っていた。
きっと、今夜のうちには自分ちに帰るだろうから。
「俺、もうちょっと探してみる。今友達といてバイクがあるし。」
『ああ、頼む。何かわかったら、連絡を。』
「ん。」
電話を切って、良平は、彼の様子をじっと見ていた杉野を見上げた。
「いいよな。」
「もちろん。」
杉野は二つ返事でOKを出すと、預かっていたヘルメットを投げてよこした。
「杉野。ごめんな…明日も仕事、あるんだろ。」
「良平のこと抱いた次の日よりは元気に働けるよん。」
「…馬鹿!」
良平は顔を赤らめて杉野の頭をヘルメットごと殴ったが、大人しく後ろに跨った。
「今度は街道沿いに行ってみよう。あの辺はちょっと外れると細い道が多いから。」
「了解。」
エンジンをかけて勢いよく飛び出したバイクは、瞬く間に車の波に消えて見えなくなった。
恭平が沖田の部屋に運ばれた頃、良平は諦めて一旦家に帰っていた。
叔父は、やはり日付が変わる前に家を出たようだ。
良平が帰ったときには、毛布にくるまった聡平と、側で震える明美の二人しかいなかった。
「良ちゃんっ!…兄さんは。」
「いねぇな。そこら中探したけど…。」
良平は雨に濡れた服を脱いで新しいTシャツを着た。
もう一枚余分に手にとって、玄関にいた杉野に手渡した。
「上がれよ。」
その言葉に、大人しく杉野が靴を脱いで部屋に入った。
「久しぶり、聡平。」
「あ…お久しぶりです、杉野先輩。」
「風邪だって?起きてて平気なのか?」
「…寝たくても、寝てられないです。」
「確かにね。」
良平と同じく濡れた服を着替えたところで、父の孝平が帰ってきた。
明美が聡平の陰に隠れるように顔を背けたが、孝平はまったく気にかけていない様子だ。
「…びしょ濡れじゃないか。」
「今まで探してた。」
「それで?」
「見つからない。警察に電話しようか…。」
孝平は黙った。
「…それしかないな…。」
「うん。じゃ、俺…。」
「いや、今はよくない。明日の朝まで待ってみよう。それでも連絡がなかったら…。」
警察に届けたほうがいい。
一人でそう遠くまで行ける体ではないのだから。
孝平は、伏せた目を上げて良平を見た。
「その前に…。恭平は、どうして一人で夕飯の時間に出て行った?」
良平が微かに眉を寄せた。
「しらねぇよ。俺風呂に入ってた。」
「本当か?」
「嘘ついてどうすんだよ。」
孝平は、諦めたように嘆息して、食卓の椅子に腰掛けた。
「…泣いてたよ、兄貴。」
良平の呟きに、全員が驚いて彼に振り向いた。
「…泣いてた?なんで?」
明美がかすれた声で聞いた。
「わかんね…聞いたけど、何でもないって言われた。」
孝平が、考え込むように腕を組んだ。
かといって、何か考えが浮かぶわけでもないが。
「叔父さんは、何も言ってなかった?」
聡平が、何気なく声に出して良平に聞いたが、誰も答えなかった。