家出 P10
恭平はできたてのスパゲティを食べた。
とてもおいしい。
「料理お上手ですね。」
「マジで?下手の横好きなんだよね。料理も、絵も。」
恭平は沖田の横にあったスケッチブックに目をやった。
「それ。何書いてたの?」
「えっ。」
沖田が照れるように笑って、スケッチブックを差し出した。
見てもいいと言うことか。
恭平は1ページずつ、捲って見た。
「わあ…。人物画。すごい。」
「俺の専門。っていうか志望っていうか…。まだまだこれじゃ駄目なんだよ。」
「これで駄目なの?すごい、綺麗だよ。」
恭平は目を丸くして、スケッチブックを次々とめくった。
少年からおじいちゃん、高校生からOL。
街を行き交うようないろんな人が、そこにはいた。
恭平が、わあ〜とかすご〜いとか、あまりにも褒めるので沖田はなんだか恥ずかしかった。
「そんなすごくないよ。あんま言うな。」
「え?だって、すごい。俺なんて美術の成績、本当悪くて…。」
描かれたスケッチブックの最後のページをめくった時、恭平の動きが止まった。
沖田がニヤリとする。
途端に恭平の顔が赤に染まった。
「ちょ、これ…。」
「そ、貴方です、恭平。寝てる間に描いちゃった☆」
そこには、髪の毛を乱した状態で、ぐーすか寝呆ける恭平が描かれていた。
鉛筆だから色はついていないけれど、なんだか写真を見てるような気分だ。
絵で自分を見るなんて、初めてだった。
「どうせ描くなら、もっと、ちゃんとした時を描いてくれればいいのに…。寝相わる。」
「いいんだ。自然なとこが描きたいの。」
「…。」
「横顔、男前だったよ。寝言言ってたけど。」
「え!」
「あっはは〜♪」
恭平がスケッチブックで顔を隠して恥ずかしがる様を、沖田は楽しそうに笑って見ていた。
年上だなんて、本当に思えないような奴。
「じゃあ、お詫びに、もう一枚描かせて。」
「え?」
恭平が顔を上げた。
「もう一枚?」
「うん。ま、その前に、それ食べちゃってよ。冷めたらおいしくないよ。」
沖田は残りのスパゲティをあっさりと食べ終わり、食器を片付けた。
いつものんびり食べる恭平も、ここは頑張って早めに食べた。
そんな時、インターフォンが鳴った。
「おーっす、雅人。客人起きた?」
「あ、勘ちゃん。おはよ〜。起きたよ。」
「おはよって、もうお昼だぞ。」
呆れた口調で沖田に答えて、勘太郎が部屋に入ってきた。
恭平と目があう。
「どーも、こんにちは。隣に住んでる、田嶋勘太郎です。」
「勘ちゃんです。」
「…。そんな呼び方すんのはお前だけだぞ。」
勘太郎はまたもや呆れながら言って、恭平の手前に座った。
「熱、下がった?」
「いけね。計ってもらうの忘れてた。」
沖田は急いで体温計を小さな引き出しから取り出すと、恭平に差し出した。
「熱、測れって、勘ちゃんが。」
「あ、はい…。」
恭平は大人しく受け取って、それを脇に挟んだ。
「でも顔色いいし、もう大丈夫そうだね。」
「そだね。さすが勘ちゃん。」
「馬鹿、俺なんかまだまだ家庭の医学に毛が生えただけのようなもんだ。」
「教授にそやって言われて腹立ててたんじゃなかったの。」
「改心したんだ。」
「ぶっははははー!」
恭平の熱は、36.8℃。
平熱よりは少し高めだが、心配することはない。
「うん、大丈夫だね。」
「お前さ、肺炎起こしかけてたらしいよ。ねえ勘ちゃん?」
「もう少しやばかったら、救急車呼んでたな。」
「え…。すいません、本当に。」
「いいよ。無事だったんだし。でもなんであんなとこいたの?」
沖田と勘太郎が同時に恭平を見た。
恭平はドキリとした。
「なんで…。えっと…。」
夕べの、叔父の顔が浮かぶ。
あのあと叔父はどうしたんだろうか。
「言いたくないならいいよ。干渉するつもりないからさ。」
俯いてしまった恭平を元気付けるように沖田が言った。
ウンウンと頷く勘太郎。
「もう一度、家に電話かければ?住所、わかったでしょ。」
「あ、はい。そうします。」
恭平が渡された受話器をとって、番号をプッシュした。
勘太郎が目で、「家出じゃないの?」と聞いてくる。
沖田は肩をすくめて苦笑した。