家出 P12
ちょうど、沖田が鉛筆をおいた頃に、入口のインターフォンが鳴った。
「来たかな。勘ちゃん、出て。」
沖田は出来上がったスケッチブックと、恭平の背中を見比べて唸っている。
勘太郎は仕方なく立ち上がり、玄関の戸を開けた。
二人の長身の男が立っていた。
勘太郎は背が低いので、見上げる形となる。
前に立っている男の顔は、どことなく恭平に似ているような印象を受けた。
「沖田さんの家ですか。」
「はい。どなたですか?」
「佐久間です。兄がお世話になっていると聞いたんですけど。」
ああ、やっぱり。
でもなんだかこの弟くん、目付きが悪くてやな感じ。
「ちょっと待ってて。雅人、恭平さんの家族が来たよ。」
後半は家の中に叫んだ。
「俺は、家族じゃないですけど。これから家族になるからいっか。」
「馬鹿!余計なこと言うなお前は!」
迎えに来た二人は、痴話げんかしている。
勘太郎には彼らの意味するような知識がなかったので、軽く聞き流していた。
「まーさーとー。」
「ちょい待てよー!ここの筋肉が…。」
恭平の弟だと言ったほうが、怪訝そうに眉を寄せた。
だから睨むなって。
勘太郎は扱いに困ったように目をそらした。
「上げてもいい?」
「だめー!汚いから。」
勘太郎がさらに困ったような顔つきになって、二人のほうへ振り向いた。
「ごめん、少しここで待っててもらえます?」
「はい、いいですよ。」
後ろにいた男が頷いて、扉を押さえた。
こっちの人は、まともな話ができそうだな。
勘太郎が部屋に戻ると、沖田が舌打ちして鉛筆を置いた。
「もうちょっと、見てたかったんだけどな。ま、いっか。」
「恭平さん、迎えが来たから、もう服来ていいよ。いいだろ、沖田?」
「ああ、ありがとね、恭平。」
沖田は、出来に満足がいっていないようではあったが、普段通りの笑顔で恭平に礼を述べた。
人間ができた人だなぁと、恭平は一人感心した。
恭平はTシャツに袖を通して、上から被るようにして着た。
「さ。玄関まで行こう。手伝うよ。」
「すいません、本当に…。」
恭平は二人に支えられて、玄関まで歩いた。
入口に、良平と杉野の顔が見えた。
「兄貴!」
「良平…久しぶり。」
「久しぶりじゃねぇよ…。心配かけさせやがって。」
勘太郎の肩から腕を外して伸ばされた手を、良平はしっかりと掴んだ。
バランスを崩しそうになる兄の体を、両腕で支える。
「…あんたが、沖田さん?」
恭平を反対側から支えていた男を見上げるようにして、良平が尋ねた。
良平の言葉遣いに、ピクリと肩眉を上げた沖田だが、そこは男・沖田雅人、動揺せずに答える。
「沖田雅人だよ。あんたは恭平の弟さん?」
「良平。」
良平は、兄の顔と沖田の顔を交互に見てから沖田に言った。
「…どうもありがとうございました。」
恥ずかしそうに、しかし礼儀正しく頭を下げた。
…なんだ、かわいいとこあるじゃん。
「兄貴、歩ける?車、下にあるんだけど。」
「いや…ちょっと、無理かも…。」
「マジで?」
「手伝おっか。」
沖田が声を掛けた時、扉を押さえて立ったままだった男が、手を上げて制した。
「俺の出番なんじゃないの、良平ちゃん。」
「…そうかも。」
杉野は力なく座り込んでしまっている恭平の前に来てしゃがんだ。
きょとんと見つめる恭平の、背中と膝の裏辺りに手を回した。
「す、杉野くん。」
「恭平さん初めてですか〜?こりゃ貴重な体験♪」
恭平が何をされるか認識するより、杉野が立ち上がるほうが早かった。
杉野は、自分より少し小さいだけの恭平の体をいとも簡単にその両腕で持ち上げてしまった。
「わ!わ…!」
恭平が驚いて杉野にしがみつく。
「意外と軽いや。」
「杉野くん!危ないよ!」
「大丈夫ですよ〜。暴れないでくださいね。そのほうが危ないから。」
その言葉に恭平が動くのをやめた。
良平が、ニヤニヤと恭平の顔を覗き込む。見ると、沖田と勘太郎まで目を細めてニヤリとしている。
「兄貴…。」
「恭平くん。」
「俗に言う、お姫様抱っこだーーー!」
沖田の言葉をキッカケに、その場にいた全員が笑い出した。
恭平一人が固まっている。
でも、しばらくすると一緒に笑ってしまった。