見るだけでは P2
「ひっでーよな!二人とも反応うっすいんだもん。最優秀賞だっていうのにさ〜!」
次の日の午後六時に沖田の家に行くと、開口一番に彼はこう嘆いた。
「ご、ごめんね沖田さん。ちょっと考え事もあって…。」
「俺の場合は電車ん中っつってんのに話し続けたお前が悪いんだと思うけど。」
勘太郎が、枝豆を摘みながら言った。
恭平は沖田から渡された“最優秀賞”と書かれた表彰状を手に持っている。
「でも、よかったね。背中うまく描けたんだ。」
「うん!恭平の背中を思い出しながら描いたんだけど、それがよかったみたい。」
「…毎日脱いだ俺のことは?」
呆れたように呟く勘太郎に舌を出してあっかんべーをして、沖田は缶ビールをぐいっと飲んだ。
「教授がすげー褒めてくれてさ。技術もすごいけど、被写体も美しいって。また、脱いでよ恭平!」
「えっ?!」
「変態だって、言ってやれ。」
「勘ちゃんは黙ってろよぉー!」
「うるさい、恩知らずめ。」
「…。」
恭平は苦笑いをして、空になった缶を潰してゴミ袋に入れた。
「それでさ、来週の日曜日に展覧会があって、俺の絵を飾ってくれるんだって。見に来ない?」
沖田が嬉しそうに、展覧会場のチケットを取りだす。
それを受け取った勘太郎は呆れたように溜息をついた。
「なんだ、結局これが言いたかったのかよ。」
「そういうこと。朝の九時から夕方五時までやってるから、好きな時に来てよ。」
「沖田さんはいるの?」
「俺は一日中館内の案内役をやってるはずだから、何かあったら言ってくれて構わないよ。」
恭平はチケットを受け取って、それを見つめた。
ペア招待券、と書いてある。
「勘ちゃんは彼女連れて来いよな。」
「あ?…まあ、聞いてみるよ。」
「そうこなくっちゃ!見てみたかったんだよね、噂の彼女♪」
「…。恭平は、誰と来る?」
「う〜ん。」
日曜日だから父さんはあいているだろうけど…二人で展覧会なんて、なんか照れくさいな。
「弟でも道連れにしようかな。」
「え〜。彼女はいないの?」
沖田が不満そうな声を上げた。よく聞かれる質問ではあるけれど。
「うん。」
「意外だなぁ。一人や二人いそうなのに。」
「二人もいたら逆にひくだろ…。」
勘太郎がまたもや呆れたように言って、食べ終わった枝豆の皮を皿に落とした。
他愛もない話をしているうちに時間はどんどんと過ぎ、十一時過ぎになってから恭平は沖田の家を出た。
前回の二の舞は踏まないように、あの時の裏道は通らず表通りから歩いて帰った。
イルミネーションもあるので暗い道はあまりない。
角のコンビニの前を通った時に、後ろから肩を叩かれた。
「恭平くん。」
「あ…、竹本さん。」
こんな所で会うなんて珍しい。
竹本は、いつも会社で見るようなスーツ姿ではなくて、フード付きのTシャツにジーンズと、随分とラフな格好で立っていた。
片手にはコンビニの袋を持って、足元はサンダルだ。
にこにことした笑顔は、いつも通りだった。
「この辺りに住んでいらっしゃるんですか?」
「ああ、この先のマンションで母と二人暮しなんです。今母が入院していてね。最近はコンビニ生活ですよ。」
「それは健康によくないですね…よろしかったら俺の家に…。」
「いえ、結構です。社長に迷惑をかけたくありません。」
竹本の声は、それ以上の反論は受け付けないという強い意志がこもっている。
恭平はここまで父・孝平のことを考えている彼をすごいと思った。
「恭平くんこそ、こんな時間にここで何を?」
「帰るところです。」
「顔が赤い。酔ってるのですか?」
「少し…。でもあまり飲んでないので大丈夫です。」
「そうですか。心配だな…送っていきましょう。」
竹本は、片足を引きずってフラフラとして見える恭平を気遣って自ら道路側に立ち、恭平を佐久間の家まで送っていった。
竹本はチャンスだと思い、気になっていることを聞いてみる。
「この前社長と花火に行かれたでしょう。どうでした?」
気のせいか、恭平の表情が一瞬強張ったような気がした。
「綺麗でしたよ。大きくて…すごい音でした…。」
「そうですか。あそこの花火は評判がいいんですよ。近くて大きく見えるってね。」
「はあ…そうなんですか。」
暗がりでよくは見えないが、恭平は口ごもりながら照れ笑いをしているように見えた。
竹本はそれが何故だか少し気に入らない。
彼は笑顔を崩さずに、また質問をしてみた。
「今日の昼過ぎ頃…恭平くんは社長室にいましたよね。どうしてあそこに?」
「あの…言いませんでしたか、眠かったって…。」
「本当に?」
「…本当ですよ。何故ですか?」
恭平は隠そうとしているが、竹本には彼の動揺が手に取るようにわかる。
なぜ、動揺しているのか。
「何故って?…気になるからですよ。君の…」
竹本は誰も通らない路地に恭平を連れ込んで、彼の背中を壁に押し付けて顔の横に手をついた。
驚いて目を見開く恭平の顔は、純粋で怯えている気配すらない。
大人しい恭平の首筋に手を当てた時、さっきまで歩いていた大きな通りを車が一台通り過ぎた。
ヘッドライトの光が一瞬だけ辺りを照らし、恭平の首筋の赤い痣がよく見えた。
「君の、この痕が、気になるんですよ。誰につけてもらったのですか?」
「…え…っ?」
恭平が聞き取れるか取れないかの小さな驚嘆の息を吐いて、竹本を見た。
「君の、この、キスマーク…。」
竹本は赤い痣に唇を寄せ、恭平の熱い首筋にキスをした。