見るだけでは P4
勘太郎と合流した恭平たちは、六人で混雑を避けてすいているところから回っていった。
館内は意外と広く、あんなに並んでいた人々を全て吸い尽くしてもなおゆとりがあるような気さえした。
恭平と明美はゆっくりと館内を一周して、昼頃に沖田の描いた絵に辿り着いた。
“背中”
と大きく書いてある。
その絵を無言で眺めていた明美が、恭平だけに聞こえるような声で言った。
「これって…。兄さんの背中そっくりだわ。」
「えっ?」
「そっくりって言うか、そのままよ、兄さん。」
「そ、そうかな…。」
恭平には何の変哲もない誰かの背中にしか見えない。
「一度見本になったことがあってさ。その記憶で描いたって言ってたよ。」
「へー…。それじゃ大した能力だわね。将来大物になるかもよ、沖田さん。」
明美は冗談で言ってるのではなさそうな声のトーンだったが顔は笑っていた。
恭平には本気なのかそうでないのか判断がつかない。
そんな二人の後姿を眺めながら、沖田と城山教授が話している。
「…我ながらそっくりですよね、彼の背中に。」
「ああ、まさしく。沖田くん、彼は逸材だよ。」
沖田は眉をしかめて城山を見返した。
「だから。恭平はモデルでもなんでもないんですから、変な言葉をかけるのはやめてくださいね。彼の友人として、言っておきますけど。」
「変な言葉とは失敬だな…。私も描いてみたいと言っただけだ。」
「彼の迷惑になるようなことは避けてくださいよ。」
「わかっているよ。同意が最低条件だ。」
当たり前だよ、このオヤジ。
沖田は心の中で毒づいたが、本気で何かを感じていたわけではない。
彼が欲しい絵や画材を手に入れるために手段をほとんど選ばぬという癖を心配して言ったまでだ。
その執念とも呼べそうな芸術に対する想いが、また沖田の尊敬しているところでもあったのだ。
午後になると、明美が帰ると言い出した。
「そろそろ行かないと、間に合わなくなるし。」
「そうか?じゃぁ、俺も…。」
「いいわよ、兄さんはもう少しいたら?沖田さんが寂しそうな顔をしてるわ。」
「えぇっ?!そんなことないよ。あ…、じゃあ、俺が駅まで送っていくよ。」
沖田が焦ってブンブンと顔を横に振り、落ち着いた口調で付け加えた。
寂しいのは、どちらかというと明美が帰ると言ったからのような気がする。
遠慮する明美をどうにか説得して、沖田は二人で会場を出た。
勘太郎がニヤリとして彼女に何か囁いている。それを聞いて、彼女の方も笑っていた。
「どうしたの?」
恭平が聞いた。勘太郎が笑ったまま答える。
「いや…。アイツ、明美ちゃんに惚れちゃったんじゃないかなって思ってさ。」
「えー!」
「…っ!おい、声がでかいっつーの!」
驚きのあまり叫んだ口を手で押さえて、恭平が笑いを堪えた。
そうなんだ〜、それはそれでいいかも…
恭平たちが笑っている少し先の角に、そちらを伺う一つの影があった。
その影は少ししてから姿を消した。
城山が、勘太郎に近づいて小さな声で囁いた。
「田嶋くんたち、この奥にまだ見ていない展示場があるよ。カップルでゆっくりしてくるといい。」
「え?でも恭平が…。」
「彼は沖田くんが帰ってくるまで私がこの中を案内しよう。三十分後に、またさっきの控え室で落ち合うようにすれば、沖田くんも帰ってくるだろう。」
「はあ…。」
勘太郎は彼女と目を合わせて、それでは、と言ってその場を離れた。
恭平が沖田と明美が見えなくなって城山のほうを振り向いた時には、勘太郎達は消えていた。
「あれ?勘太郎さんたちは?」
「見ていない展示場があると言って、二人で行ってしまったよ。」
小太りの城山が、怪しげに微笑みながら答える。
「え?そんな…。」
「君には特別に、未公開の作品を見せてあげよう。ついて来なさい。」
城山が恭平の背中に手を当てて、彼を導いた。
「でも、勘太郎さんたちが…。」
「大丈夫、待ち合わせ場所はもう指定しておいたから。」
「そうですか?じゃあ…ご好意に甘えて。」
「いいとも。おいで。」
城山は、彼を控え室の二つ隣の倉庫のような部屋へ招き入れると、彼に気付かれないようにそっと鍵をしめた。
薄暗い中で、様々な彫刻や絵が、部屋の小窓から漏れる光に反射して光っている。
それを見上げている恭平に後ろから近づいて、城山はそっと彼の肩を掴んだ。
恭平が振り返る。
「え?」
「恭平くん。沖田くんのために、背中を見せたのかい?」
「は?…はぁ…。」
「どうして?脱いだのかい?こういう風に…。」
城山が、恭平の腕の下から手を差し入れて、着ていたパーカーのジッパーをゆっくりと下におろし始めた。
さすがに恭平が驚いて彼の手を解こうともがいた。
「ちょ、ちょっと!何をするんですか?!」
「沖田くんのためにしたことを、私にもしてほしいんだ…。」
「え?!」
「脱いだんでしょ?裸になったんでしょ?…この華奢な体を、晒したのだろう?」
抵抗虚しく、ジッパーが完全に二つに分かれた。
パーカーを器用に肩から外して、手首の辺りに撒きつけると、恭平は後ろ手に縛られる形になった。
「や、やめ…!」
「私にも見せて…。君のカラダ。」