外へ P3



「それで?」
社長室のデスクに座ったまま、書類に通していた目を上げて、孝平が尋ねた。
部屋の中には秘書の竹本と、蹴られた箇所を擦りながら峰山が立っている。

「犯人の要求はなんだ。金か?」
「いえ…そこまでは言ってませんでした。」
「そうか。竹本、警察は?」
「ロビーで事情聴取しています。会われますか?」
「いや、そのうち向こうからここに来るだろう。」
孝平はみていた書類を机の上にポンと置くと、溜息をついた。
「あの馬鹿者…。」
何故ロビーなんかに。
いつもいない場所に何故今日に限って。
孝平は拳を強く握った。
次は縛り付けてでも自分の仕事場から離れないようにしてやる。

「竹本。」
「はい。」
「今日の予定は全てキャンセルだ。理由は“史上初の家庭の事情”とでも言っておけ!」
「わかりました。」
孝平はイライラと舌打ちをした。
本人が自覚しているわけではないが、こういう怒ったような物言いはどこか良平と似ている。

まもなく警察がやってきて、孝平からも話を聞いた。
人質は誘拐されたまま行方がわからず、何らかの要求も伝えてはこないので手掛かりは今のところ何もない。

「誘拐された恭平さんは、社長のご子息だそうで。」
「長男です。」
よく刑事ドラマに出てきそうなお腹の出始めた中年の刑事が、若い刑事を連れて孝平の部屋を訪れた。
「失礼ですが、犯人グループに心当たりは?」
「ありませんね、個人的には。」
「と、言いますと?」
孝平がそれくらい自分で考えろという顔をしたが、すぐに改めた。
「…会社の社長という身分ではあるかもしれないという意味です。私利私欲のためではないにしろ、一個の会社の経営をやっているわけですから。」
「なるほど。」
若い刑事が手帳に素早くメモを取っている。
ベテラン刑事のほうが続けてしゃべる。
「犯人の要求の電話がかかって来るかもしれませんから、ここにある電話に盗聴器を仕掛けても構いませんか。」
「どうぞ。」
孝平の返事を合図に外から数人の警官が入ってきて機械を取り付け始める。
そんな時、孝平の携帯が鳴った。
聡平だった。

「失礼。」
孝平は刑事に断ってから、少し離れて電話を取った。
「もしもし。」

『あ、父さん?俺、さっき忘れ物取りに家に帰ったんだけど、そん時に変な電話があって…』
「なに?」
『変な声で、親父はいるかって聞いてきたんだ。今いないって言ったら、会社かって。』
「…。」
『それで、次に兄貴いるかって。』
「…恭平が?」
『うん。わけわかんないからいないって答えたけど。よかったよね?ちょっと気になったから…。』
「…。」
孝平はまた溜息をついた。
これは、人質にたまたま恭平を選んだわけではなさそうだ。
孝平は目頭に手を当てて、頭痛がするのを押さえた。

「…聡平。今から私の会社に来れるか。できたら良平と明美も連れてこい。」
聡平は雰囲気を感じ取ったのか、何も聞かずに頷いて一時間以内に行くと言って電話を切った。


四十分後、明美を連れた聡平が会社に辿り着いた。
明美は制服のまま、鞄を抱えて聡平の後ろにぴったりと付いて歩いていた。
エレベーターに乗って社長室まで行き、立っていた警官に社長の子供だと告げて中に入った。

室内には孝平と峰山、それに刑事が数人。
「父さん!」
聡平は父親のところまで駆け寄った。
「これ何の騒ぎ?まさかとは思うけど…。」
「良平は?」
「もう少ししたら来ると思うよ。さっきまで連絡が取れなくて、まだ大学出たばかりだと思う。」
「そうか。」
「何の騒ぎなの?」
聡平はもう一度聞いた。
家で不審な電話を聞いている聡平には、なんとなく予想がついた。
孝平は一瞬言葉に詰まったが、気を取り直して切り出した。

「恭平が誘拐された。お前達が来る少し前に脅迫電話が入って、金と引き換えだそうだ。」
聡平がやっぱり、という顔をした。
後ろで聞いていた明美が、ショックで倒れそうになった。
「明美!」
ふらっとよろけた明美を聡平が支えて、近くのソファーまで連れていった。

孝平はその様子を見ていたが、ふと腕時計に目を通した。
「お前達、昼は食べたのか。」
聡平が振り向く。
「いや食べてないよ。」
「下に食堂がある。食べたかったら行ってこい。」

聡平の肩に顔を埋めていた明美の目から涙が零れた。
「嫌よ。兄さんは食べることすらできないかもしれないのに…。」
小さい声だったが、孝平の耳までは聞こえてきた。
「好きにしたのでいい。」
孝平の声は無感情だ。
聡平が明美の頭を軽く撫でた。


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