外へ P6



体の大きなこの男の名前は高野といった。
彼は無理矢理、恭平の服に手を掛けた。
「嫌だ!放せ!!」
「おいおい暴れんなよ〜。縛られた状態で暴れたって痛いだけだぜ。」
逃げようとする恭平の上に乗るようにして押さえつけ、高野は恭平にもう一度口付けようとした。

そんな時、カチャリと音を立てて扉が開かれた。
「あのー。吉住さんが呼んでますよ高野さん。ってウワ!!」
入ってきた男は、仲間が人質に襲いかかっているのを見て絶句した。

高野と呼ばれた男が、恭平を押さえ付けたまま振り返り、とぼけた声を出す。
「あれ〜?なんで入って来れたのさ、田辺部長。」
言いながら恭平のYシャツのボタンを外す手は止めない。
「や、やめろ!」
「なんでって、閉じている物を開けるのは得意……って、ワー!!やめなさい!」
田辺が駆け寄って二人の間に入ろうとした。

「んなっ!邪魔すんなよ!!」
「ダメです!何血迷ったことしてるんですか!」
「いたた…痛い!!」
「血迷ってねぇやい!俺の性欲は男女平等に満たされるようになってんの!!」
「盛りの犬みたいなこと言ってるんじゃありません!」
「く、くるし…っ。」

暴れながら口論する下で、恭平がなんとか逃げようともがいたが、なかなか高野がどいてくれない。
やっとのことで田辺が高野をどかしてくれた時には、恭平のシャツのボタンは半分が外されていた。

田辺が恭平の前で両手を広げて立ち、高野に言った。
「吉住さんが呼んでます!行ってください!!」
「ちぇー。わかったよ。」
ようやく諦めたようだ。
高野はチラチラと恭平のことを見ながらも、渋々部屋を出て行った。

パタンと音を立てて扉が閉まるまで待ってから、田辺は恭平のほうを振り返った。
恭平がビクリと身を引く。
「大丈夫ですか?」
「な、なんですか、あの人は…。」
「さあ、よく知りません…つい先日会ったばかりなので。」
「え?」
「あっ、いえなんでもありません。忘れてください。」
田辺は慌てて首を振って否定した。

彼の年齢は四十代半ばか。
なぜ誘拐犯グループの一員になったのかわからないほど人のいい、気弱そうな顔をしていた。
「佐久間社長の息子さんですよね。写真を見たことがあって、顔を見た時にすぐにわかりました。吉住さんには黙っていようと思っていたのですが…、鈴木さんとも知り合いだったとは。」

ああ、この人はあの時会社に入ってきた三人組の一人だ。
そして先程から名前の出ている吉住という男が恐らく彼らのリーダーであろう。
「我慢してくださいね。」
「あの…。」
「はい。」
「あなたは悪い人には見えないのですけど…。どうしてこんな行き当たりばったりな計画を立てたのですか?」

田辺は少し動揺して恭平の瞳を見つめ、それからふっと自嘲した。
恭平のシャツに手を伸ばして、外れたボタンを一つずつ元に戻してやる。
「そうですね…あなたには知る権利があるかもしれない。私は3年前まで佐久間建設で働いていたんです。」
「…。」
「ある日突然早期退職を申し渡されましてね。どうして突然社長がそう言い出したのかわかりませんでした。必死に抗議したんですけど…。聞き入れてもらえませんでした。」
ボタンを止めていた田辺の手が、小刻みに震えていた。

「恭平くん。」
「…はい。」
「社長は今でもお元気ですか?」
「はい、元気…です。」
「そうですか…。」
田辺の声が次第に小さくなる。

震える手で恭平の服を正してやった田辺は、顔を上げて言った。
「それならば、いいです。」

その表情はどこか寂しそうで。
恭平は田辺の中に底知れぬ感情があるのを知った。
恐らくそれは、恭平が孝平に抱く感情と似ていてそれより深く、孝平が恭平に抱く感情と同じでそれよりも重い。
孝平が切ったものは、雇用主と従業員の関係だけじゃないのだろう。

突然電話が鳴った。
田辺が胸ポケットから携帯電話を取り出し、しばらく話した後、恭平のほうを見た。
「身代金の受け渡し場所が決まったそうです。一緒に来てもらえますか。」
「…。」
恭平ははっとして、無言で目を伏せ小さく頷いた。

足の縄を解いてもらい、田辺に付き添われて部屋を出る。
そこで初めて、この場所が今は使われていない廃屋のような場所であることを知った。
昔は何かの小さな会社だったように感じる。

扉を出た所で恭平が立ち止まっていると、田辺が背後から押してきた。
「左です。歩いてください。」
右側の道はしばらく行くと瓦礫の山で通れないようになっている。
恭平は左側に進み、突き当たりから二番目の扉に案内された。
「ここで待っていてください。」
田辺はそう言うと、鍵をかけてすぐに部屋から出て行った。

恭平はしばらく立ち尽くしてオフィスらしきその部屋を眺めていたが、外に面した側の壁が全面ガラスだったのでそこに近付いた。
向こうが見えないほど汚れている。
恭平の腰の辺りに汚れが少ない場所があったので、そこから外を覗いてみた。
ここがどこらへんかわかれば…

恭平は遠くから近くへと見渡した。
今いる場所が、建物の3階くらいの高さはあるように感じた。
そしてこのビルの敷地の外側は公園のようになっていて、何もないことを知った。
あまり人の寄り付かなそうな場所だった。

少し離れた茂みの中に人が見える。
恭平は見張りかと思った。他にも仲間がいたのだと…。

だけど、何かおかしい。
この建物の方を見てる…?

眉をしかめた瞬間に、突然後ろから首元を引っ張られた。


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