外へ P8



恭平は強く目を瞑り、目から涙が溢れそうだった。

銃声の後に窓ガラスの割れる音がして、外の風が吹き込んで来た。ひんやりとした冷たい風。
恭平は恐る恐る目を開けた。

目の前には割れた窓ガラスから見える外の景色。
3階ぐらいの高さから落ちたのだからどうなったかはよくわからないが、田辺がいたところにはガラスの破片しかなかった。
「や…いや、田辺さ…っ!」
吉住はまたしても逃げようとする恭平を掴み直して、言った。
「おとなしくしろ!お前もああなりたいのか!」
「…!」
恭平は絶句した。

目だけでもう一度窓のほうを見て、瞬きをした拍子に涙が零れた。
窓の外にはビルを包囲している警備隊の姿が見えた。
「…あ…。」
その部隊の後ろのほうで、様子を見つめる孝平や良平たちの姿を、恭平は見つけた。
彼らはビルから落ちて来た何かに気を取られている。
孝平だけが、恭平のいるあたりを睨むように見ていた。

吉住の背後で、梨花子が震える声を出した。
「よ、吉住…。あんた、なんてこと。」
「おめぇも飛び下りるか?俺は止めねぇぜ。」
「…!」
梨花子は目を見開いて吉住を見つめた。
ようやく自分のしたことを後悔し始めることができた。
「あ、あたしは人殺しなんてごめんだよ!」
「ぐだくだ言うんじゃねぇよ!だったら俺がお前も…!」
吉住が銃口を梨花子に向けた。
「鈴木さん!」

吉住の指が引き金を引くのが見えた。
恭平の思考が停止しそうになる直前に、離れた場所から銃声がして、吉住の体が一瞬震えた。

彼の持っていた銃が吹っ飛び、梨花子の背後のガラスも大きな音を立てて砕けた。

「な……!」

撃ったのは警察の隊長だった。
ピンポイントに吉住の手首に弾をあてて、尚も銃口を吉住に向けたまま、再び警告をする。

「これで武器はなくなったな。全員で取り押さえろ!!」
その言葉を合図に銃を構えたままの刑事が走りだし、梨花子と、暴れる吉住を取り押さえた。

恭平は数人の刑事に抱き抱えられて吉住から離された。
「大丈夫ですか。」
若い刑事が恭平に声を掛けたが、体が震えてうまく答えることが出来なかった。


毛布にくるまれて、数人の刑事に抱えられて出て来た恭平にいちばんに駆け寄ったのはやはり明美だった。
危ないからという制止も聞かずに走りより、恭平にしがみついた。
恭平の真っ青な顔を見て、涙を流した。

次に良平と聡平が走って来て、刑事の代わりに恭平の体を支えた。
「兄貴、大丈夫?」
「怪我は?」
心配そうな二人の顔を見たら、笑いたくても笑えなかった。
特に聡平を見た時に、恭平はとても悲しそうな顔をした。
その変化には兄弟しか気付かなかった。
外から見たら良平も聡平も同じ顔をしているからだ。

一台の救急車が恭平たちの前まで来て、一応診察を、と言ってきた。
おとなしく救急車に乗り込んで、体温やら血圧やら計られた。

診察を受けながら、恭平が明美に声を掛けた。
「…明美。」
「何?兄さん。」
「父さんは?」
「いるわよ。警察の事情聴取受けてる。犯人の首謀者との関係を聞かれてるみたい…。」
「関係…?」
「心当たりは皆無だと言い切ってたわよ。」
「そう。良かった。」

恭平の体は興奮のため微熱がある程度で、怪我も腹の当たりに打撲痕があるだけだった。
救急車の外で待っていた良平が、中を覗いて言った。
「父さんが来たぜ。」
恭平は脱いだYシャツに手を通して、振り向いた。

救急車を降りると、人だかりから走ってくる孝平と、それに付き添う聡平の姿が見えた。
「恭平!大丈夫か。」
走ってくるなり孝平が叫んだ。
「父さん…。」
明美が恭平の後ろにさっと隠れた。
恭平が一歩孝平に近付く。

孝平は恭平の前まで来ると、息を切らせて立ち止まった。
「恭平。ごめんな…大丈夫か。」
恭平は孝平の心配そうな顔を見つめた。
全身の力が抜けて、どっと安心感が胸に溢れる。
「うん、大丈…」
言い終わらずに、恭平の目から一度止まった涙が溢れ出した。

孝平は驚いた。
こういう時、どうしたらいいのかわからない。

恭平が手を伸ばして孝平にしがみついた。
明美がいつも恭平にやるように。
ただ、服を掴んで顔を押しつけた。

「こ、わかっ…。」
声が震えている。
孝平はどうしていいかわからなかったのに、何故が自然に抱き締めてやればいいことに気付いた。
何も言わずに、抱き締めてやればいい。
恭平の肩は震えていた。

良平と聡平は顔を見合わせて苦笑し、明美は驚いてオロオロとした。
恭平はともかくとして、ちょっぴり父親に見えてしまった孝平に驚いたらしい。

「もう大丈夫。大丈夫だよ兄貴。」
「そうそ。もう大丈夫!今度は俺たちがいるじゃん。」
「良ちゃんなら拳銃の中にでも飛び込んで行きそうよねぇ。」
「なんだとっ。」
回りで良平たちが冗談を言い合っていた。
恭平にもそれが聞こえて、自然と涙が止まった。

孝平から離れて、頬についた涙を拭いた。
「ほれ。」
聡平が使い捨てのティッシュを差し出す。
それを受け取って、開放されてから初めて恭平が笑った。


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