笑顔の裏側 P11



良平がふらっとベッドから離れて、壁に背をついた。
震えて泣いている恭平を見ていられない。
良平は込み上げて来る悔しさで拳を強く握りしめた。

ガン!!!

「っくしょう!!」
壁が軋んで派手な音を立てる。
直接壁に掛けてあった帽子が音も立てずに落ちた。

「俺…知ってたんだ。こうなるかもしれないってこと、知ってたのに……っ!!」
拳を壁に叩き付けたまま、良平は力無くその場に崩れ落ちた。

「すぐに連絡しろって言ったのに…っ」

兄貴の馬鹿!!

言葉が詰まってうまく出てこなかった。

良平の様子を黙って見ていた孝平は、目の前の恭平に目を移した。
涙で濡れた頬。
おそらくこの涙の量よりも、想像も付かないくらいたくさんの涙を流したのだろう。
孝平は指で頬を拭いてやり、パジャマを整えて布団を掛け直した。
枕元に落ちた濡れタオルを拾い、氷水に浸し直してやる。

しばらくの沈黙。

壁に蹲って座る良平に、孝平は声を掛けた。
「…良平。」
「…。」
ふぬけたように座ったまま、振り返りもしない。
お前が落ち込んでどうするんだ。
孝平は軽く溜め息をついて言った。

「良平。ちょっと、来なさい。」
そのまま孝平は恭平の側から離れ、部屋を出た。
「…?」
ゆっくりと振り向いた良平は、ゆっくりと立ち上がり、眠る恭平を覗きこんだ。
熱にうなされて苦しそうだ。
良平は思わず目を逸らし、逃げるようにして孝平の後を追って部屋を出た。

「…何。」
リビングで、孝平と向かい合って良平が言った。

「…お前は知ってたんだな。いつからだ?」
「知ったのは…この前兄貴が一晩帰って来なかった日あるだろ。その日だ。」
「ああ。」
「その日…聡平が熱出して…俺が孝介叔父さんに電話して迎えに来てもらったんだ。」
「…。」
孝平はその時の記憶を辿ってみた。
その時はちらりと話に出ていたから知らなかったわけではないが、さして気に止めなかった気がする。

「叔父さんはその日夕飯を食べて…十一時までは一緒に兄貴を探してくれたけど、その後は…」
「恭平が家を出た時間も、孝介はいたのか。」
「いたよ。俺が風呂に入ってたほんの三十分くらい…二人きりの時間があった。」
「…。そうか。」

孝平は頷いただけでそれ以上は何も言わない。
良平はもどかしくなって、拳と手の平を胸の前で合わせた。
「いくら親戚でも…許せねぇよ。」

「……万が一、万が一だが。」
「?」
「…恭平が合意の上という可能性は?」
孝平にしては消極的な口調で、良平に言った。

しかしその言葉に良平の頭にはカッと血が上った。

「あるわけねぇだろ!!あってたまるか!あんなに嫌がってんのに……父さんだって見ただろ!!」
「ああ…まあもしもの話だ。」
「…!」
いつまでも冷静な態度に、腹が立つ。
こいつは一体今まで兄貴のどこを見て生きて来たんだ。

「泣いてたんだよ!あの時も、今も…、きっと今までだって、俺らに気付かれないように溜め込んでたに決まってる!俺もあんたも、聡平や明美だって、兄貴の笑顔にずっと騙されてきたんだ!!兄貴は自分のこと、少しも話してくれないから…っ」

良平は涙が溢れそうになって、言葉を詰まらせた。
思い切り孝平から顔を背ける。

父さんに怒っても無駄だ。
父さんが悪いわけじゃない。
悪いのは、孝介だ。

良平はぐるぐると全身を駆け巡るどうしようもない感情を押さえるのに必死だった。
このまま孝平に殴りかかってしまいそうだ。
いつも止めてくれる聡平や、兄貴は、今日はいない。

「良平。」
孝平の抑揚の無い声。
良平はイライラとした感情を隠さずに、目だけで孝平の方を向いた。
「明美に、今日は帰るなと伝えておきなさい。」
「な…?」
明美には黙っていろと?
まあ確かにあいつは兄貴のことになるとヤバイくらい心配するが…。

「な、なんでだよっ。明美にだって…看病ぐらいさせてやれよ!」
「看病か…。そうしたら、嫌でも恭平は今の体を見られる羽目になるぞ。」
ドキリとした。
確かに…あんな傷だらけの体を、誰にも見せたくないに決まっている。

兄貴…

「明美には黙っているように。少なくとも…恭平の意識が戻るまでは我慢してやれ。」
孝平の言う通りだ。
だけど、なぜか悔しい。

「…っわかったように言うんじゃねぇよ!」

精一杯の反抗だった。
良平はそのまま恭平の部屋の入口にあった鞄を取り上げて、二階へ上がってしまった。
大きな音を立てて部屋のドアが閉まるのが聞こえる。
孝平は嘆息して、恭平の部屋へ戻った。


++
++
+表紙+