笑顔の裏側 P12



「ぅ……」

恭平は、頭がズキズキして痛むので、気がついて目を開けた。
体が熱い。
ぼやっとした視界は真っ白で、しばらくすると天井だってことに気がついた。

どうしたんだっけ、俺…?
恭平は痛む頭を押さえて起き上がろうと身を起こした。
途端に全身を駆け巡る、激痛。
「…っ!」
全身の力が抜けて、恭平は枕に倒れこんだ。
この痛みには覚えが……。

恭平は手の平で目を覆って記憶を辿ってみた。
覚えていることは朧気で、途切れ途切れになっているので一連の出来事だったのかどうかも定かではなかった。
ただ一つ言えるとすれば…事実は夢ではなさそうだということだ。
夢であればどんなに良かったろう。
でも体の痛みは確実に残っていた。

突然ドアが開かれた。
次いでドカッと地面が音をたてて、水の跳ねる音がした。
恭平がそちらの方向を見ると、何かを持っていた態勢のまま、明美が立ち尽くしていた。
彼女の足下には洗面器が落ちていて、あたり一体水浸しだ。

「明美。落ち…」

「兄さんっ!!」
明美は叫んで駆け寄り、恭平にしがみついた。

い、痛い、体痛い…!

恭平は痛みに悶絶したが、明美が一生懸命抱き締めて泣きじゃくるので、我慢した。
「あ、明美。痛いから…離れて。」
「…。」
明美が素直に頷いて、恭平から離れた。
最近明美を泣かせてばかりだと思う。

恭平は布団から腕を出して、明美の頭を撫でてやった。
「ごめん…ごめんな。だからもう泣くなよ…、な。」
その言葉に、明美はまた泣いた。

「だって…兄さん二日も目を覚まさなかったんだもん。」

二日?

恭平は脳がクラッシュして、一瞬目の前が真っ白になった。
「えっ、嘘っ!」
「ほんとおよぉ〜〜〜ひっく。」

ち、ちょっと待って…二日も、気を失ってたってことは…。
「と、父さん帰ってきた?」
「…。」
明美の涙が一瞬で止まる。
恐るべき孝平の存在。
「一週間って言ってたのに、四日目で帰ってきたらしいわよ。あたしは昨日ちらっとしか会ってないけど。」

帰ってきた?
…っていうことはあの電話は本当だったんだ…
あの後の記憶がほとんどない。

「兄さんが熱出して倒れたっていうのに、良ちゃんってば昨日あたしが帰ってくるまで教えてくれなかったのよ。ヒドイと思わない。」
「え…そう…。今、良平は?」
「ずっと家にいたよ。でもさっき、課題提出だとか言って慌てて出てった。きっとすぐに帰ってくるよ。」
明美はさっと涙を拭いて、ベッドから離れた。
「兄さん食欲ある?」
「…いや…あんまし。」
「食べないとだめだよ。明美、料理下手だから、良ちゃん帰ってくるまで待ってね。」

言いながら明美は洗面器を拾い、洗面所へ走って雑巾を取ってきた。
「あ〜あ、水浸し…手が滑っちゃった。」
言いながら明美は鼻をすすっている。

「明美…今、何時。」
「夕方の五時ぐらいよ。」
明美は床から目を離さずに言った。

…父さんに会いたい。
なんだか今すぐに、父さんに会いたかった。

恭平は痛みに顔を歪めながら、体を起こした。
驚いて明美が振り返る。
「ちょっと!兄さん何やってるの?!まだ起きちゃだめだってば!」
「あの…トイレ。」
「………。」
明美が口を開けたまま絶句して、顔を赤らめた。
「ご、ごめん…!」
そのままパッと立ち上がって部屋を出て行く。

恭平はくらくらする頭を押さえて、ベッドを下りた。
クローゼットからコートを出した時に、パジャマの下から包帯が見えた。
良平が明美に看病をさせるために考えに考え抜いた策が、傷跡を包帯で隠すというものだったのだが、今の恭平には知る由も無い。

恭平は急いでコートを羽織ると、部屋から出て玄関に行き靴を履いた。
明美はどうやら二階の自分の部屋に逃げ込んだらしい。

恭平は痛む体を引きずって、外に出た。

真っ暗で、息が白くなるくらい寒い。
恭平は首元のコートをしっかりと手で押さえて、庭を突っ切った。
そのまま裏口を出て、駅へ向かう。

その時道の向こうからライトが照らされ、バイクが止まった。
ドキリとする。
このシチュエーション……

「あれっ?!兄貴!」
バイクの上から聞こえてきたのは良平の声だった。
よく見るとバイクは原付チャリだ。
「あ、良平…」

良平はポカンと口を開けたまま、ヘルメットを取った。
「気がついたのか!よかった〜〜!」
恭平よりも体格のいい良平が、甘えた声を出して思い切りしがみついてきた。
「…いてぇっ!」
恭平が軋む全身に耐え兼ねて悲鳴をあげた。
慌てて良平が手を放す。
「あぁ…ごめん。思わず……」
言い訳しつつ、まだ顔色の悪い恭平を覗きこんだ。
まだ熱があるみたいだし、何よりパジャマにコートを羽織ったまんまの格好って一体……


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