笑顔の裏側 P13



良平は恭平の顔を覗きなおして、聞いた。
「兄貴、そんなカッコでどこ行くつもりだ。」
「えっ。あ、あの…」

咄嗟に言葉が出てこない。
良平は怪訝そうに、俯く恭平を睨んでいる。
「えと…」

「まさか、叔父さんのとこなわけないよね?」

恭平の心臓が鷲掴みにされたように、高鳴った。
急に全身の力が抜けて、その場にしゃがみ込んでしまう。
良平が慌ててその体を支えた。
言葉が出て来ない恭平に、良平は今の発言を後悔した。
「ご、ごめん…そんなつもりで言ったんじゃないんだ。兄貴のこと心配で…」
恭平の肩が軽く震えているのが伝わってくる。

「わりぃ、兄貴…元気出して。ごめん…!」
何を言っても取り返しのつかないような気がした。
後悔の念でこっちが泣きそうだ。
「…兄貴、部屋入ろう。熱が上がるよ…ね。」
良平は腕を掴んで、恭平に立ってもらおうとした。
相変わらず顔色は悪いし呼吸が早めだし、こんな薄着でどこかへ出かけていい体じゃない。

恭平は朦朧とした様子で赤い顔を上げ、良平の手を掴み返した。
「えっ、兄貴?」
「…って。」
「へ?」
声が小さくて聞こえない。
良平は恭平の口元に自分の耳を寄せた。
「何?もっかい言って。」
「会社…会社に連れてって。」
「…は?」
良平は耳を離して恭平を見た。
耳を疑う発言だ。
こんな状態で仕事でもする気だろうか?

恭平は赤い顔をさらに赤らめて、続けた。
「父さんに…父さんに会わせてっ。」
言って、掴んでいた良平の腕に額を押しつける。

良平はただポカンとするだけで、何も言えなかった。
驚いたまま口をパクパクさせて、しばらく恭平を見つめることしかできなかった。

どうにかこうにか落ち着いて、取りあえず恭平の腕から自分の腕を抜いた。
恭平が良平を見上げる。
瞼が腫れて睫毛が重たそうだ。

「兄貴、一つ言っておくとね。」
軽く頷く恭平。
「俺は兄貴の言うことは大抵聞くけどさ。」

そりゃ聡平よりは好き勝手やってるけどね。

「でも今の兄貴を会社に連れてくことはできないな。お前、病人なんだぞ。」
恭平はふっと視線を逸らした。
この様子だと、じゃあ一人で行く、と言い兼ねない。

しかし今の良平には恭平を押さえる自信があった。
力とかじゃない。
もっと決定的な事実。

「それにさ兄貴、父さんなら昨日からずっと、家にいるよ。今も、ほら。」
「え…?」
良平が頭の上を指したので、恭平がその方向に振り向いた。

恭平の背後は今出て来た裏口がある。
そこに、サンダルをつっ掛けて部屋着のまま出て来たという感じの孝平が、腕を組んで立ち、裏口の塀に体重を預けてこちらを見ていた。
「と…さ…」

「話は終わったのか?」
孝平はさらりとそんなことを聞いてくる。
呆然とする恭平の後ろで良平が苦笑した。
「ちょっと前から、ずっとそこにいた癖に。」
「そうだったかな。」
孝平は肩を竦めて、裏口から離れて二人がしゃがんでいる位置まで近付いた。

「お前にしては軽率なことをしたもんだな、恭平。また家出するつもりか?」
孝平の台詞はいつものように冷ややかなものだが、どこか優しい響きをもっている気がした。
恭平は、熱のせいで聴覚がどうにかなってしまったのかとさえ疑った。

「また熱が上がる。おとなしく寝ていなさい。」
孝平は恭平の目の前に手を差し出した。
いつもの手。
恭平は迷わずその手を取った。


良平と孝平に支えられて、恭平は再びベッドに戻った。
ちょうどその時に明美が二階から降りて来て、良平を見て言った。
「良ちゃん!遅いよっ。」
「これでも一生懸命帰ってきたっつーの。」
「言い訳はいいから!あのね、お粥の作り方、明美に教えて!」
「…はぁ?前に、兄貴に教えてもらってたじゃん。」
「失敗しないために。恭平兄さんの体調が悪化したら大変でしょ。」

明美の一方的な理論に、良平は首を傾げる。
「お前、失敗したのしょっちゅう俺に食べさすよなぁ?」
「ハイハイつべこべ言わない!男でしょっ!」

無茶苦茶だ……

まあ、普段は良平も人のことを言えないくらい無茶苦茶なんだが。

「わかったよ…しゃぁねぇな。」
良平が恭平に向かって軽く手を上げて、明美に急かされて部屋から出て行った。

嵐が去ったような静けさに包まれた部屋には、恭平と孝平だけが残った。
孝平は恭平の脇で、側にあった椅子を引き寄せて座った。
ベッドの上から恭平が見つめてくる。
孝平はそれを正面から見返した。

「…なんだ。どうした。」
「うん…あ、いや…なんでもない。」
「言いたいことがあるなら言いなさい。隠してもいいことは起こらんよ。」
「ううん…もう、いいや。なんかほっとしたら疲れちゃった。」
恭平は少し笑って、布団の中に顔を埋めた。
布団を掴んだ指が、なんだか本当に疲れているように見えた。


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