挑戦 P3



三人が入ったのは駅前の居酒屋。
古くからある個人経営の店で、矢吹がよく一人でも飲みに来る場所だった。
恭平は知らないが、実はこの店は矢吹の住むアパートからそう遠くない。
店に入るとビールを注文して、奥の座敷へと通された。

若い店員が矢吹のことをヤブちゃんヤブちゃんと声をかけるので、恭平はそちらに興味を持ってニヤけた。
「人気者ですね、矢吹さん。」
すると矢吹は恥ずかしそうに笑って頭をかき、いそいそと恭平の向かいの座布団の上に座った。

「よく来るんだ。終わりまでいて片付けも手伝ったりしたら、仲良くなっちゃってさ。」
「今じゃ立派な店員だよな、矢吹ってば。」
「へぇ〜。」
寺崎の言葉に恭平が興味津津に頷いたので、矢吹は更に照れた。
大きい体の割に誠実な心を持っている。
恭平は見習おうと思った。

ビールが運ばれて来ると、寺崎は立ち上がって言った。
「それでは、恭平くんと乾杯できることを祝して。かんぱ〜い☆」
カンカーンッとコップのぶつかりあう音をさせて乾杯をした三人は、ビールに口をつけた。
飲む前に矢吹が一言。
「…なんだよその音頭は。」
そのさり気なさに、恭平は噴き出しそうになって慌てて口元を押さえた。

寺崎はずっと恭平の隣に座って、会社のことから普段の生活のことなど、いろいろ質問した。
「誕生日は?血液型は?好きな食べ物は?」
恭平が答えていないうちに、次から次へと言葉が溢れてくる。
これには会話上手の恭平も困惑した。

「あ、あの…そんな矢継ぎ早に質問されても。…寺崎さんはどうなんですか?」
「俺は2月5日生まれのB型です!好きな食べ物はイクラ丼ですっ!」
「イ…イクラ丼?」
「はいっ。…嫌いか?」
「いや、珍しいなぁと。」
首を傾げた恭平の前で、空回りした寺崎の様子を矢吹が笑いを堪えて見ている。
「珍しいかなっ?でも俺の地元ではみんな好きで…。」

運ばれてきたサラダを恭平が分けようとしたのを制して、寺崎の話を聞いてやるように促す。
「で、恭平くんは何が好きなんだ?」
自分ばかりが喋っていることにようやく気付き、寺崎が恭平の顔を下から覗き込んだ。
しまった、という顔をして、恭平が苦笑する。
そのまま喋っていてくれたら楽だったのに…。
「えーと…、なんでも食べますけど…洋食よりは和食のほうが好きかな。」
「マジで?!俺もそうなんだよ〜!」

嘘をつけ嘘を。お前は煮物よりステーキだろっ。

矢吹がまたもや笑いを堪えて肩を震わせた。
恭平がちらりとそちらに目をやる。
「?」
恭平が矢吹に伸ばしたその手を、寺崎が掴む。

「気が合いそうだなぁ〜恭平くんとは。」
「は、はぁ…。」
恭平が手を引くと、寺崎がそれを追いかけた。
その勢いで恭平の方にのし掛かって来た時には恭平もどうしたらいいかわからず動けなかった。

「わぁ!ち、ちょっと…!」

恭平の方が背が高くても体格は寺崎のほうが良いので、恭平は彼の体重を支えられなかった。
驚いた恭平が伸ばした腕が机の上にあったコップにぶつかり、冷水が零れる。
度を越したアピールに呆れた様子で矢吹が仲介に入る。
腕を一本、二人の間に差し入れて、寺崎の体をひっぺがした。

「てーらーさーきっ。ったくお前は酒に弱いんだから。」

ほっと安心したように息をついた恭平は、ふらふらっと立ち上がった。
「あれ、恭平くんどこ行くの?」
寺崎に止められて拗ねたような顔をしていた寺崎がすかさず振り向いて、恭平に尋ねる。

恭平としては、少しだけ寺崎から離れたかっただけなのだが、立ち上がってしまったからには仕方がない。
「えっと…ちょっと飲みすぎちゃったみたいで…トイレに。」
「もう?」
「あはは…。」
二人が不思議そうにするのを頭を掻いてごまかし、恭平はそそくさと背を向けてトイレの方へ駆けて行った。

もう…困っちゃうなあの二人。
昼間一緒に作業をしていた女子社員の声が頭の中で反復する。
”あの二人、かなり飲むわよ。頑張ってね。”
今の時点であんな感じじゃ、これからどうなるんだろう…?
恭平はトイレのドアの前でうなだれて溜息をついた。


一方席に残された矢吹の前には、打って変わってご機嫌の寺崎が自分の鞄の中身をなにやらゴソゴソと探っている。
それを呆れきった冷たい視線で見つめながら、さっき恭平が零してしまった水を布巾で拭いていた。
「…本気なのね、寺ちゃん。」
「俺はずっと本気ですよぉー、ヤブちゃん。」

寺崎の指から転げ落ちた一粒の錠剤が、恭平の飲むビールのコップの泡の中に消えた。


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