挑戦 P4



何も知らない恭平は、トイレから戻ってきて、寺崎を避けるように矢吹の隣の開いた席に腰掛けた。
「あれっ。恭平くん、席はこっちだよ。」
「えーと、またトイレに行くかもしれないから、今度はこっちで…。」
あからさまに残念そうにする寺崎。
恭平は笑ったまま俯いて、気まずそうにしている。

…寺崎のやつ、このまま恭平くんが嫌がって帰っちゃったらどうするつもりなんだろ。

全く関係のない矢吹としてはちょっと見てみたいが、目の前の残念そうな寺崎の顔を見たらそうも考えられなくなってきた。
友達の幸福に手を貸さないわけにはいかない。
矢吹の人情が寺崎を裏切ることはできなかった。

「んじゃあ、恭平くんは今度は俺と話しよう。ほら寺崎、恭平くんの飲み物取ってあげて。」
そう言って寺崎に目配せをする。
どうにかして恭平に薬を飲ませないと。

怪訝そうな表情をしていた寺崎は、パッと目を輝かせて、嬉しそうに恭平のコップを矢吹に手渡した。
「ハイ。もっとおかわりしてもいいよ。おごってやるんだからさ。」
「ありがとうございます。」
矢吹の隣で安心したのか、恭平が自然な笑顔をこぼす。

かわいい奴。
こんな後輩の隣なら、意外とおいしいポジションなのかも。

そんなことを考えて矢吹が目を離した隙に、恭平はコップに口をつけた。
寺崎が息を呑んで見つめるのに気付かずに、残ったビールを一気に飲み干す。

「あっ。」
飲み干して、恭平が声をあげる。
異常なほどのリアクションを見せてびくつく寺崎。
矢吹は自分の見てない時に飲まれてしまって、惜しい事をしたような気分になっていた。

恭平が口を押さえて、コップを見る。
「な、なに、マズかった?」
寺崎の声が裏返る。
恭平は首を振って、間の抜けた声で答えた。
「…このビール、さっき勢いで零しませんでした?」

固まったままの寺崎を無視して、矢吹が笑い飛ばした。
「ああ、零れたのはこっちのコップの水だよ。」
「なーんだ。ふふ。」
ほんわかと笑う恭平は、自分が思っているよりも酔いがまわっているらしい。
寺崎はテーブルの下に隠れて長い溜息をついた。

あ〜〜〜〜〜〜〜〜バレたかと思った。


「……んで。」
何故か矢吹が眠りこけてしまった恭平をおぶって、なぜか矢吹の家の前に立っていた。
その時の時刻は23時を回っている。
横では矢吹本人から鍵を預かった寺崎が、鍵穴にそれを差し込んでいる。

「…どうして、俺んちでやるのかな、寺崎くん。」
「はい?」
顔を赤くしてニヤニヤの止まらなくなっている寺崎が振り向く。
矢吹はずり落ちてきた恭平を背負いなおして、もう一度聞いた。

「だから、どうして、お前のやることに俺は最後まで付き合わなきゃいけないの。」
「なんでだよ、ここまできて俺のこと見捨てるのか?」
「違うけど…どうして、俺んちなんだ。自分ちでやれよ。」
「馬鹿、うちのアパートの管理人うるさいんだって言ったろ。」
「じゃホテルでもなんでも行けばいいだろ?」
「気を失った相手とホテルに入ったら普通に捕まるだろっ。」
「…じゃ屋外でやれっつの。」
「こんな寒い中恭平くんが風邪引いちゃったらどうするんだっ。第一、目を覚ますかもしれないじゃないか。」
「…しらねぇよ〜〜〜!!」

困り果てて矢吹が情けない声を出す。
寺崎は構わずにドアを開け、悠々と中に入っていった。

仕方なく、自分の部屋だが後から中に入り、矢吹はベッドに恭平のことを下ろした。
「ん…。」
恭平が寝言のように呻いて、ベッドの柔らかさに身を沈めた。
肌蹴たシャツの下の肌が一瞬だけ目に入り、ドキリとする。
ぐっすりと眠ったその横顔は、無防備そのものだ。

寺崎が台所の蛇口を捻った。
水が流れる音にハッとなり、矢吹はしばらく恭平に見とれてしまっていた自分が急に恥ずかしくなった。
いつもと比べれば少量しか飲んでいないのに、酔ったのかな…?

「て、寺崎っ。」
「ん?」
目前になって焦りだした矢吹は、顔を真っ赤にして寺崎の前に立った。
それとは逆に落ち着き始めた寺崎は、きょとんとして矢吹を見上げている。
「あの…俺、」
「あーっ。矢吹、土壇場で欲しくなってもあげないよって言ったよね?だめだよ?」

正直ドキッとしたが、そんなことを言おうとしたのではないので慌てて首を振る矢吹。
「違う、違う…俺、お前がコトを終わらせるまで外にいるから。…コンビニでも行ってくるわ。」
「げっ。」
その言葉には寺崎が驚いた。
持っていたコップを手放して、矢吹に掴みかかる。
「な、なに寺崎…?!」
「…だめっ。俺、一人でできるくらいならお前に協力お願いしてないから!…部屋にいてくれ!」

なんて自分勝手な奴なんだ〜〜〜!!!

これにはさすがに矢吹も呆れ果ててものも言えない。
「ば、馬鹿言うな。誰が好き好んで他人のセックス見物しなきゃなんねぇんだ…!」
言ってて恥ずかしくなってくる。
「俺、ヤブっちゃんいないとできない!無抵抗の恭平くんにあんなことこんなこと…」
ああ、それ以上言うな。馬鹿、馬鹿…想像しちゃうじゃんか!!
「できない!ヤブっちゃん、一緒にいて!!」

…。

「…しょうがねぇな。」
矢吹はこともあろうに、友情より妄想の効果が上回ってしまい、頷いてしまった。
後悔した時には既に遅し。


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