挑戦 P7



プルルルルルル

「…?」
どこかで聞きなれた携帯の着信メロディが流れている。
近いようで、遠いようで…

毎朝セットしているアラームが鳴っているのだろう。
恭平は腕を伸ばして、いつもベッドの横の引き出しの上に置いてあるはずの携帯電話に手を伸ばした。
手探りで携帯を探すが、その手はいつまでたっても宙を掻いたままだ。
その間にも携帯電話は音楽を鳴らし続けている。
寝ぼけていた恭平も、さすがに違和感を覚えて目を開けてみた。

ぼんやりとした視界の中には、見覚えのない誰かの部屋が見えた。
殺風景な部屋だ。
テレビと、洋服ダンス、それに小さなコタツが置いてあるだけで他のものはほとんどない。
夢でも見ているのかと思い、恭平は再び目を閉じた。

そういえば、なんか薄ら寒いかも…

毛布を引っ張って寝返りをうつと、額が何かにぶつかった。
暖かい。
それは人の背中だった。

「?!」

ガバッと身を起こした恭平は、その勢いで被っていた布団を跳ね飛ばした。
部屋を見渡して、真っ青になる。
自分がどこにいるのかわからない。
ハッとして、背中を向けて自分の隣で丸くなって寝こけている人を確認すると、それは矢吹だった。
毛布は全て恭平にかけたのか、普段着ているコートを羽織って眠っている。

恭平は恐る恐る、その横顔を近くで覗き込んでみた。
熟睡しているのか起きる気配はない。

何故かほっとして、恭平は布団から出ようとした。
毛布を持ち上げて自分の身体を見下ろし、慌てて持ち上げた手を元に戻した。

「な、なんで?俺…服は…?」

もう一度室内を見渡すと、恭平の服はきれいにたたまれて枕元に置いてあった。
恭平は片腕でその衣服を引き寄せると、毛布ごとベッドから降りて矢吹から距離をとった。

…どうして、俺は、裸で、矢吹さんと一緒に寝ているんだろう?

昨日の記憶を辿ってみても、矢吹と寺崎の三人で駅前の小さな居酒屋に入った記憶までしかない。
記憶が無くなるほど飲んだつもりはなかったんだけど…

プルルルルルルルル…

恭平が座り込んだ場所の近くに恭平の荷物が置いてあった。
その中で、携帯がバイブと共に音楽を流している。
恭平は慌てて鞄の中から携帯を探り出し、通話ボタンを押した。

相手は、もうわかっている。

「もしもしっ。父さん!」
『…ああ。もしもし。お早う。』
受話器から聞こえてきたのは孝平の声。
恭平はパニックになりかけた思考回路が落ち着いていくのがわかった。

「あの、俺…。」
『今どこにいる?昨日はどこに泊まったんだ。』
「今…今、どこだろ…わかんない。でも、隣に矢吹さんがいるんだ。」
『わからない?まったく…。』

恭平が自分でもどこにいるかわからないという問題は、前例がないわけではない。
孝平は半ば呆れたように溜息をついた。
『矢吹というのは誰かな。』
「えっと…隣の課の先輩で。昨日一緒に飲もうって誘われたんだ。」
『ほう。じゃあ、ちょっと代わってもらえるかな。』

孝平が代われと言うことは珍しかった。
だが矢吹は今スヤスヤと眠っていて、起こすのはなんだか申し訳ないような気がした。
恭平は困ったように言葉を濁らせた。

「あの…いま、矢吹さん寝てるみたい…。」
『寝てる?…お前は起きてるんだろう。今まで寝てたのか。』
「うん。」
『お前…もう10時だぞ。』
「え…っ。」

恭平は慌てて室内の時計を探したが、この部屋には時計というものがなかった。
やむなくテレビの電源をつけて、すぐにボリュームを下げた。
お昼のワイドショー番組の左上に表示された時計は、確かに10時2分を示していた。
「ああ…うそ。じゃあ、俺、矢吹さんちに泊まっちゃったんだ…。」

恭平の間の抜けた声に、孝平は怒ることも忘れて呆れ果てた。
『…そうみたいだな。矢吹という男と二人か。』
「うん…寺崎さんもいたはずなんだけど…。」
この部屋にはいない。

孝平はもうこれ以上聞いていても無駄だと判断し、口早に言った。
『じゃあ、昼までに弁当でも持って社長室まで来るように。いいね。』
「昼までって…ああ、もうすぐじゃん。早く服着なきゃ…。」

『…は?』

今度は孝平が間の抜けた声を出した。
とても予想できたものではない、今の恭平の発言。
言ってからその意味を理解して、困惑したのか恭平は慌てて訂正を繰り返した。

「ああ、あの、ちょっと今服が脱げてるっていうか…あ、でも今からすぐ着るし、どこも痛くな…あ、違う、違うよ、父さん!」

自分でも墓穴を掘りまくっているのがわかっているというのに、恭平は慌てるばかりで次から次へと疑われることばかり言ってしまった。
孝平はそれを止めようともせずに黙っていたので、更に恭平の焦りは募った。

「あ、あの…父さん。聞いてる…?」
『よく聞いているよ。お前が今裸で、隣の男と何をしていたか覚えていないということだね。』
「え、えっと…。」
『とにかく、昼に私のところに来なさい。調べてやる。』

孝平の命令口調には、恭平は逆らえない。
反論する言葉は押しつぶされて、恭平は頷くしかなかった。
「うん…わかった。行く。」

何をどうするのか知らないが、調べてわかるのなら恭平自身もそのほうがいい。
矢吹さんを信用してないわけじゃないけど…・・・どうして、恭平だけ全裸なのかが気になる。
普通そういうことがあったなら、お互い裸なものじゃないの?

自分は寒い格好で、恭平だけを毛布でくるんでくれているところも、邪気のない優しさを感じる。
恭平は自分が今まで感じたことのない気持ちになっていることに気付いた。

少なくとも、矢吹は自分に手を出すような真似はしていないだろう。
何故だか、そう思えた。


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