挑戦 P15
暗がりの中、社長室のソファでは、両足を広げたまま疲れた体を横たえて、速く浅い呼吸を繰り返している恭平がいた。
全身が汗と精液にまみれていて、身体にはまだ情事の熱が残っている。
「はぁ…はあぁ…。」
恭平は呼吸をどうにか整えて、ネクタイで結ばれた手首を胸の前に持ってきた。
肩肘をついてどうにか起き上がる。
あたりも真っ暗だが、恭平には目隠しがされていて何も見えなかった。
「つ…っ!」
股間が痛む。
腰が砕けたみたいに激痛が走った。
犯され続けた恭平には今が何時かすらわからなかった。
矢吹と自分の間には何もなかった。
孝平にはそれがとっくにわかっていたはずなのに、お仕置きだと言って何度も焦らされたし、かと思うと何度もイかせられた。
孝平の意のままに痙攣し、従順に反応する身体。
逆らおうと思っても、7年間の経験がそうさせてくれなかった。
もう、嫌になる。
孝平は今、やっと恭平を手放して秘書室へ出かけていった。
時間がなかったのか、それともわざとか、手と目の拘束は外してくれなかった。
恭平は手を頭の後ろに回し、目に巻かれていたタオルを解いた。
何時間かぶりに見る外の風景は、タオルの下と同じくらい暗かった。
時間を確認して、今度は手首のネクタイも自分で解いた。
解けないほど強く結んであるわけではない。
どちらかというと、孝平の言葉の呪縛に捕らわれて恭平の身体が反抗しなくなるので、強く結ぶ必要がないのだ。
恭平は気だるい身体を引きずって、脱いだシャツを拾った。
「シワシワ…。これじゃ着れないな。」
呟いて、立ち上がる。
寝室の奥からこんな時のために置いてある新しいシャツを取り出して、袖を通した。
股間の中がトロトロする。
早く帰ってシャワーを浴びたかった。
身支度を整えて、社長室の扉を滑るように逃げ出した。
竹本さんに見つかったら大変だし、他の社員にもできれば見られたくない。
エレベーターに乗り込んで、すばやく扉へ閉める。
ほっと一息つくと、くらりとした。
全身を睡魔が襲う。
いつもなら逆らわずに眠るのだが、時間が遅すぎた。
夕飯を作って風呂を入れるためにも帰宅しなければ。
ロビーの階についた。
目を閉じていた恭平は一瞬気づくのが遅れて、扉が閉まる直前に慌てて外に出た。
右足を引きずって歩きながらロビーを横切り、外に出たところで息を止めた。
2つめの自動ドアの脇に、なんと矢吹が座り込んでいた。
伸ばすと自動ドアが反応するのか、脚を小さく折りたたんで座っている。
図体が大きいのでその格好は随分ときつそうだった。
恭平を見つけて、屈託のない笑顔で笑いかけた。
「あー!恭平くん!探してたんだよぉ〜!」
「矢吹さん…どうしたんですか?」
「ちょっと仕事を教えてもらいたくて…データ入力なんだけど。」
「ああ、今日の寝坊のせいですか?」
「うん。お仕置きにもほどがあるってくらいの量あるんだ。」
“お仕置き”という単語にピクリと肩をすくませる恭平。
矢吹はそれを感じて首を傾げた。
「どうかした?」
「うんん。なんでもない。その作業…今日中にやるものですか?」
「うん…お陰で残業。」
「そうですか…。では急いでるので、ちょっとだけなら。」
「ありがとう!この上の階なんだけど…いい?」
「行きましょうか。」
恭平がふらりと頼りなさ下にきびすを返した。
その動作にまたもや矢吹が首を傾げる。
後姿をよく見ると、シャツが今朝と違うことに気付いた。
まさか、と思いもっと恭平に近付いて見ると、首筋に、昨晩はなかった赤い筋が幾重にも重なっている。
「恭平くん。」
「はい?」
疲れたような笑顔。
矢吹は口元を押さえて、歩く足を止めた。
恭平も立ち止まって矢吹を見上げた。
「今まで、どこにいたの?」
「え?」
恭平が聞き返す。
本当に聞こえなかったらしい。
矢吹は意を決してもう一度聞いた。
「今まで、どこにいたの?」
その時の恭平の反応は。
隠していても矢吹にはわかった。
瞳が戸惑うように揺れて、必死に言葉を探しているように見えた。
嘘をつけない人というのは本当にいるらしい。
「しゃ、社長のとこ。呼ばれてたから…」
声が裏返っている。
「そう。今日は仕事はない日だったのに、どうして呼ばれたの?」
矢吹は、自分が変な質問をしていると感じ始めた。
目の前にいる恭平は明らかに困ったような表情をしている。
おまけに、よく見るとどこか顔色が悪い。
「あの、えっと…。」
恭平が何か口を開く前に、矢吹は笑い声を上げた。
「あは!なんでもないよ。ちょっと聞いてみたかっただけ。さ、さっさと仕事のやり方教えてほしいなあ。」
恭平を困らせるようなことはしたくないと、ちょっとした本能みたいなものが働いたらしい。
矢吹の笑顔に、恭平もつられてほっとしたような笑みを返した。
矢吹が午後ずっと作業していた部屋に来ると、恭平の顔色は少しだけ元に戻っていた。
仕事のことを考えることで、睡魔がどこかへいったらしい。
恭平は鞄から眼鏡を取り出して、パソコンの前に座った。
「ああ、コレ俺がいつもやってるやつ。初めは覚えるのに時間かかるけど、慣れたら簡単ですよ。見てて。」
恭平は簡単に画面の説明をすると、1ページ分のデータを3分もせずに映してのけた。
矢吹が30分ほどかけてやっていたものだ。
「ね、ほら、簡単でしょう?」
あっけにとられている矢吹の傍らで笑うと、恭平は次のページをめくった。
その時に一瞬だけ覗いたシャツの袖口から、赤くあざのできた手首が見えた。
反射的にその腕を掴む。
「いたっ。」
恭平が痛みに顔を歪めたのにも構わず、矢吹は袖口のボタンを外して袖を捲り上げた。
「な、何するんですか、矢吹さん…!」
「この跡は、何?まだ新しいよ。」
何かで縛られていた跡に相違なかった。