挑戦 P16
「は、離してください、矢吹さん。」
「この跡は、何?それを教えてくれたら離す。」
「…。」
矢吹の真剣な眼差しに、恭平は顔を赤らめて黙ることしかできなかった。
他人には絶対に知られたくない。
自分が、実の父親と日常的にセックスしているなんて。
少なくとも、この痛々しい跡が、父親によってつけられたものだとは思われたくなかった。
「あの…重い荷物を持ったのかも、しれません…。」
「重い荷物?これ、手首を一周してるよ。荷物じゃないよね。」
「…。」
恭平は言葉に詰まった。
正直に、これはネクタイの跡だと言うべきだろうか。
でもそれでは何故そのようなことになったのか言わなくてはならないかもしれない。
困り果てた恭平の顔を見つめて、矢吹も問い詰める言葉を詰まらせた。
「恭平くん。俺…別に、何か言う権利があるとか思ってるわけじゃないんだ。ごめん。」
「あ、いえ…。」
「心配なんだ。…君が何かひどい目にあっていると、考えたくない。だから、言って。誰にも言わない。」
「…言えません。…でも、ひどい目になんかあってませんから…。」
恭平は唇をかみ締めて、俯いた。
矢吹の強い握力に掴まれた腕は反抗すると余計に痛いので、力を抜いた。
すると矢吹も掴んだ腕の力を抜いてくれた。
「…どうしても?言えない?」
「…。はい。」
「社長室に、いたんでしょう?」
矢吹の言葉に、恭平がハッと顔を上げた。
「もしかして、相手は社長なんじゃないのかな。…君のお父さんってことになるけど。」
みるみるうちに恭平の眉間に皺が寄って、泣きそうな表情になった。
なんてことを聞いてしまったんだ。
矢吹は今更ながらに後悔したが、もう遅い。
「違います!なんてこと…!」
「なぜ隠すんだ。俺は誰にも言わないし、この傷だって…」
「これは…!た、たまたまついてしまっただけです!」
「たまたまつくもんか。これは意図的に紐みたいなもので縛らなきゃつかな…ッ」
パンッ!
矢吹の耳元で肌を叩く音がした。
視界が揺れて、首が横を向いた。
頬がジンジン痛んだ。
まっすぐ視線を戻すと、どうにも応えられなくなった恭平が涙を浮かべて、矢吹を睨んでいた。
赤く染まった頬を、溢れた涙が幾重にもなって伝っていく。
「ご、ごめん…!」
矢吹は反射的に謝ったが、恭平は怒った表情を崩さなかった。
頬の痛みを噛み締めながら、矢吹は慌てて手を離した。
「言い過ぎた。ごめん。俺には関係ないことなのに、こだわり過ぎた。」
矢吹が躊躇することもなく頭を下げて謝った。
怒りをそがれて、少しだけ恭平の表情が和らぐ。
頬を叩いた手の平が、今頃になってジンジンと痛み出した。
「矢吹さ…」
「でも、忘れないで。お前に何か困ったことがあったら、俺が助けてやるから。今は、何もできないけど…。」
「え…?」
「俺が助けてやる。助けたいんだ…今、わかった。」
驚いて目を見開いた恭平をよそに、矢吹は腕を伸ばして恭平の頬に残った涙を拭った。
冷たい涙に、熱い頬。
白い肌は柔らかかった。
「ごめん、俺、なんか変だな。仕事続けるから、恭平くんはもう帰っていいよ。ありがとう。」
これ以上恭平を目の前にしていたら、また昨晩の映像が脳内に溢れそうだ。
見るよりも、触れるほうが誘惑に弱くなるに違いない。
慌ててそっぽを向いた矢吹の横顔を不思議そうに眺めてから、恭平は静かに立ち上がった。
彼の横顔は、見ているこっちが切なくなるくらいに、素直でまっすぐ。
そして自分ではどうもできない感情に戸惑っているようにも見えた。
恭平はドア付近まで行ってから、振り返った。
「あの…叩いて、ごめんなさい。」
「気にしてないよ。俺、体だけは丈夫だから。」
振り向いた明るい笑顔は、今までの深刻な横顔ではなくて。
恭平はなぜだか、胸がしめつけられる思いがした。
その夜、帰宅した恭平は食事と風呂を済ませた後、夜中になって自分から孝平の部屋へ行った。
孝平は驚いたが、仕事の疲れも見せずに恭平を優しくベッドに招き入れた。
「珍しいな。…今日のお仕置きが余程つらかったのかな。」
あの後孝平は竹本の質問を難なくかわし、昼にためた仕事を片付けて夜遅くに帰宅していた。
恭平は静かに首を振って、恭平の胸に顔を押し付けた。
「父さん…俺のこと、信じてない?」
「うん?」
孝平は恭平の背中に腕を回しながら答えた。
「そうだな…。信じてないのは、お前の周りにいる連中かな。何度もいろんな目にあってるじゃないか。」
「そう、だけど。」
「なんだ、矢吹という男は違うとでも言いたいのかい?やけに肩を持つな。」
「そんなこと、ないけど…。」
図星だった。
矢吹さんは、今までのそういう人たちとは違うと思う。
どちらかと言うと、沖田くんや田嶋勘ちゃんみたいな人たちだと思う。
だが孝平にはそう映っていないことが悲しかった。
「父さんは、どう思うの?」
「私のことなどどうでもいいだろう。お前はどう思う。」
「俺は…」
恭平にも自分の気持ちがわからなかった。
ただ、気になる。
あの素直な性格と、まっすぐな横顔が。屈託のない笑顔が。
助けてやると言ってくれた優しさが、胸から離れない。
「まあ、悩むがいいよ。今はお前は私のものなんだから。」
孝平は笑って、腕の中の恭平の唇を塞いだ。
心ごと奪われる。
恭平は、今日も広い快楽の海へと堕ちていった。