始まり P8



そうした出来事のあった高校二年の夏が終わり、秋が過ぎ、冬が来た。
恭平が倒れてから少しは大人しくなった良平が、ある日持ってきたのは一枚の藁半紙。
「ん。」
とぶっきらぼうに渡された恭平は、眉をしかめてそのプリントに目を通した。
てっきり停学とか、呼び出しとか、悪い知らせかと思って覗いたその紙には、大きく“三者面談のお知らせ”と書かれていた。

「三者面談?中二でもやったっけか、こんなの…」
「去年からだって。駄目元で父さんに言っといて。来れないなら来れないでいいから。」
「…わかった。」
「大変じゃなかったら、兄貴でもいいよ。じゃあよろしく。」
良平は早口でそう言うと、服を着替えて出かけていった。
サッカー部に所属している聡平は帰りが夕方以降になるが、きっと良平と同じプリントを持って帰ってくるだろう。
その日、恭平は夜遅く帰ってきた父親の部屋に行った。

外では雪が降っていて。
ノックして、孝平の部屋に入ると、彼は窓の外を見ながら沈黙していた。
「父さん。」
孝平は恭平の呼びかけに振り向いて、気を取り直すように顔を引き締めた。

「なんだい。」
「あの…今、いい?」
「構わないよ。」
言って、孝平は来たままだったコートや背広を脱ぎ始めた。
恭平は少し緊張気味に、二人の弟から預かったプリントを孝平に差し出した。
「来週、良平たちの学年は三者面談があるらしいんだけど。父さん、行ける?」
「…見せなさい。」
孝平は少し困ったような顔をして、プリントに目を通した。

日付を見て、軽く嘆息する。
「まあ、無理だな。お前が行ってくれると助かる。」
「…そうだね。わかった。」
「大変か?」
「いや大丈夫だよ。今は試験もないし、母さんの代わりは俺しかいないから。」
「…代わり、な。」

孝平はプリントを恭平に返し、袖のボタンを外しにかかった。
ネクタイの結び目に指を差し入れ、一気に解く。

「お前は、本当によくやっていると思う。さすがだな。」
「え…?」
「この前。…もうだいぶ前だが。お前が倒れた時に、キスをしたろう。」

恭平の心臓が、ドキリと高鳴った。
忘れていた温もりが、唇に宿る。

「あ…うん。そんなことも、あったね…。」
「私は、自分でもどうしてあんなことをしたのか、よくわからない。嫌だったか。」
「…そ、そんなことないよ。」

嫌だとは思わなかった。
それが、恭平自身にもとても不思議だったくらいだ。

外したネクタイを壁にかけ、孝平が振り向いた。
恭平が反射的に、一歩後ろへ引いた。
背後にあったベッドに足が触れる。

「もし、キス以上のことをしたら、お前は嫌かな。」
「え…?」

考える暇もなかった。
孝平がゆっくりと、一歩ずつ迫ってくる。
聞かれた言葉の意味を正しく理解する前に、孝平に思い切り唇を奪われた。

体温が、交わる。
恭平は驚いたのと押されたので、ベッドの上に倒れこんだ。
布団が柔らかくバウンドして恭平の身体を包み込む。

孝平はすぐに唇を離して、恭平の身体の脇に両手をついた体勢でまっすぐに目を見つめた。
「恭平。セックスしよう。」
ダイレクトな台詞が、耳元で響いた。

え?なに?せっくす…?

「し、したことない…」
「男とか?」
「う、うん。あ、いやそうじゃなくて…」
「教えてあげるよ。今時、高校生でセックスの仕方も知らないようではこの先大変だ。」

そんなことないと思うけど。

恭平の思考はそこで途切れた。
孝平の唇が再び恭平のそれを襲い、熱を帯びたように熱い舌が、恭平の唇をなぞった。
「あ…ん…ぅ。」
その感触があまりにも柔らかくて。
恭平は抵抗することも忘れて、薄く唇を開いた。
そこに遠慮なく進入してくる孝平の舌。
慣れた舌遣いで恭平の口内を嘗め回し、巧みな誘導で舌を絡め取った。

「はぁ…ッ!」

一度離れて角度を変えて。
恭平に息をつく隙を与えずに吸い尽くした。

舌だけに犯されてる。
キスの経験など数えるほどしかなく、こんなに長く深いキスは初めてだった恭平には何が起きているのかわからなかった。
圧倒的な舌遣いに翻弄される。
無意識のうちに目を閉じて、意識を舌先に集中させた。

「あ…ッ。」

孝平は、恭平から一旦唇を離すと、満足そうに鼻で笑って言った。
「なかなか、情熱的だな、恭平は。気に入ったよ。」
「え…。あ、ぅふ…ッん…ッ。」
恭平には何も喋らせずに再び口を塞ぎ、孝平は恭平のパジャマのボタンに手をかけた。
キスに夢中になっている恭平が気付いていないうちに、慣れた手つきで全てを外した。

「は…ッ?!」
飲み込み切れない唾液が溢れて、恭平の白い肌の上を伝う。
それを追いかけるように舌を走らせて、孝平は恭平の身体を後ろから抱きしめた。
成すがままに体重を預けていた恭平が、ボタンを全て外されていることに気付いて、慌てて孝平の方を振り向いた。

「と、父さん…っ?」
「いいかい、今から、お前は私の触れているところに集中するんだ。他のことを考えてはだめだよ。いいね。」
言って、右の人差し指と中指が、恭平の鎖骨の部分をそっと撫でた。
微妙な感触に、恭平は目を閉じた。
「集中して…感じて。わかったかい。」
「う、うん…わかった。」

手の動きが、恭平の理性を離散させた。
父親のような上司のような、そんな抑圧的な口調に、逆らえない。


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