仕事と関係 P7



夢も見ないほど恭平は深い眠りに落ちて、やがてふと目を覚ました。
まだ外は暗かったが、うっすらと太陽の昇る気配がする。
身じろぐと身体の節々が痛んだが、そろそろ起きておかないと早起きの聡平に見つかってしまう。
恭平が気だるそうに身を起こすと、すぐ横に孝平が眠っているのに気が付いた。
眉間に皺が寄ったままだ。
恭平はその皺にそっと指を触れ、眉の形に沿って撫でた。

眠るときくらい、力を抜けばいいのに。

やがて恭平は孝平から指を離すと、タオルを羽織り、静かに布団の中から滑り出た。
布団を掛け直してやって、起きなかったかどうか確認する。
それから部屋を出て、バスルームへと入った。
今日は恭平も出勤日だ。
朝のいつもの時間に、竹本が孝平を迎えに来る。
その時何か言われるだろうか…。
恭平は今更ながらに合わす顔がないような気がした。


シャワーを浴びて、リビングのテレビをつけ、湯を沸かすために台所へ立ったところで、大あくびをしながら聡平が二階から降りてきた。
「んはよー…。」
「おはよう、聡平。」
返事をしてから、恭平は軽く咳き込んだ。
どうも、昨日やり過ぎて声がかれてしまったらしい。
「あれっ。兄貴、また風邪引いたの。」
「ん゛ー。そ、そうかも。」
あやふやに答えて、恭平は聡平から目を逸らして頭を掻いた。
寝ぼけ眼の聡平はさして気にかけずに、洗面台の方へと消えた。
ほっと一息ついて、こういうことに鈍感なのが聡平でよかったとつくづく思った。
良平だったら何をどう察してくれてしまうかわかったものではない。

聡平は早めに朝食を済まし、今日は夜までバイトだから、と言い残し家を出た。
ぎりぎりまで起きない良平をなんとか布団から引きずり降ろし、朝食を出しているところでインターホンが鳴った。
鳴らし方で、竹本だとわかる。
「良平、玄関出てきて。俺父さん起こしてくるから。」
「…おう。」
無理矢理起こされたのと相手が竹本なのとで、ものすごく不機嫌そうに返事をした良平は、それでも大人しく食事の途中で立ち上がった。
ただし、口には箸を銜えたままだったが。

恭平は父の寝室へ入り、先程の体勢のまま眠っている父を揺り起こした。
「父さん、竹本さんが来たよ。起きて。」
恭平の声に反応して、孝平がすっと目を開ける。
辺りの明るさに一瞬目を細めて、それから首を振って上体を起こした。

「もう朝か…寝た気がしないな。」
「大丈夫?」
「ああ…朝の会議が終わってから仮眠をとればなんとかな。お前は大丈夫かい?」
「うん、平気。」
言った恭平の声が少しかれていることに気付き、孝平はふっと笑った。

「声が変だぞ。」
「…父さんの、せいじゃんっ。」
恭平が照れたように頬を膨らませて、ぷいと身体を反転させた。
「早く玄関に出てね。竹本さんを待たせたら悪いから。」
「わかっているよ。」
孝平は一つあくびをしてから伸びをして、ベッドから出て着替え始めた。

リビングに戻ると良平が食事を再開していた。
むすっとしながらテレビを見つつ、恭平が近付くとそのまま目だけをそちらに向けた。
「どうした?」
「竹本サン、また一段と笑顔が素敵なご様子で。」
「…は?」
「…腹立つ。」
どうやら相当嫌っているらしい。
恭平は首を傾げて笑い、右足を引きずる足音をさせて玄関へと出た。

そこにはいつものスーツ姿の竹本が、礼儀正しく立っていた。
「おはようございます、竹本さん。」
恭平が会釈をすると、それをきちんと返して竹本はニッコリと笑顔を恭平へ向けた。
何も変わったところはないと思うけど。

「おはようございます恭平さん。社長はお目覚めですか。」
「今起きたところです。もうすぐやってきますよ。」
竹本はすぐに恭平の声が普段と違うことに気付いたが、少しも表情を変えなかった。
「朝食をお取りになるまで待ちましょうか。」
竹本がそう提案した次の瞬間に、恭平の背後からネクタイを締めながら孝平が現れた。
「その必要はないよ、竹本。行こうか。」
「おはようございます社長。朝食は?」
「向こうで食べる。少々寝坊した。」
「…そのようですね。」
二人の会話の中に、恭平が口を挟む余地はない。
黙って聞いていると、靴を履いてから孝平が振り向いて言った。

「行ってくるよ。」

まるでそんな恭平を気遣うようなタイミングで、何気ない一言を投げる。
そんな孝平に思わず頬を赤らめて、恭平は笑顔を零した。

「行ってらっしゃい。」

そんな二人を、竹本はどんな気持ちで見ていたのか。
恭平には考えることさえできなかった。


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